平成16年10月14日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成15年(行コ)第2号違法公金支出差止等請求控訴事件
(原審・那覇地方裁判所平成8年(行ウ)第9号)





      判     決

那覇市泉崎一丁目2番2号

     控    訴    人

                      沖縄県知事
                               稲 嶺  恵  一

沖縄県宜野湾市嘉数一丁目18番8号

     控    訴    人               大 田  昌  秀 

     上記2名訴訟代理人弁護士              中 野 清 光

     同                          大田  朝 章

     同                          照  屋  俊 幸

     同                          當  真  良 明

     控訴人沖縄県知事稲嶺恵一

          指定代理人                上里  均 

     同                          高江洲 正 宏

     同                          我如古 光 男

     同                          宮  城  

     同                          金城 克明      

     同                         糸数 健三

     同                         島崎 潤一

     同                         新垣 隆

     同                         新垣 源一

     同                         石原 二郎

     同                         上原 勇一

     同                         仲原 秀明  



沖縄県国頭郡大宜味村

    被  控  訴 人                  玉城 長正

沖縄県名護市                        

     被  控  訴  人                比嘉 恵一

沖縄県中頭郡読谷村

     被 控  訴  人                 高嶺 盛喜

沖縄県宜野湾市

     被  控  訴  人                荻堂 高子

沖縄県那覇市

     被  控  訴  人                中今 純子

沖縄県島尻郡東風平町

     被  控  訴  人                伊良波 節子

沖縄県島尻郡南風原町

     被  控  訴  人 
               太田 栄子
沖縄県島尻郡南風原町

     被  控  訴  人                金城 治

沖縄県浦添市

     被  控  訴  人                中村 文昭

     上記9名訴訟代理人弁護士

     同                         大西 裕子

     同                         藤原 猛爾

     同                         三浦 洲夫

     同                         山尾 哲也

     同                         関根 孝道

 上記当事者間の頭書事件について,当裁判所は,平成16年7月15日終結し

  た口頭弁論に基づき,次のとおり判決する。

           主         文

 1  原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。

 2 上記取消部分につき,被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

 3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

          事 実 及 び 理 由

第1 当事者双方の申立て

 1 控訴人ら

 (1)原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。

 (2)ア (本案前の申立て)

     上記取消部分につき,被控訴人らの訴えをいずれも却下する。

   イ(本案の申立て)

    上記取消部分につき,被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

 (3)訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

 2 被控訴人ら

 (1)本件控訴をいずれも棄却する。

 (2)控訴費用は,控訴人らの負担とする。

 第2 事案の概要

 1 本件は,沖縄県(以下,単に「県」という。なお,県名について記載しな

  い場合,沖縄県内の市町村を指す。)の住民である被控訴人らが,県が実施し

  た広域基幹林道奥与那線事業(以下「本件事業」という。)につき,本件事業

  が森林法等の法令に違反し,自然環境を破壊する違法な事業であって,本件

  事業の一環として県知事が業者との間で工事請負契約を締結して工事代金を

  支出したことが違法な公金支出に当たると主張して,@地方自治法(平成1

  4年法律第4号による改正前のもの。以下,「地方自治法」という場合,同改

  正前のものを指す。)242条の2第1項1号に基づき,控訴人沖縄県知事稲

  嶺恵一(以下「控訴人知事」という。なお,本件訴え提起時の県知事は控訴

  人大田昌秀であったが,第一審における訴訟係属中に稲嶺憲一が控訴人知事

  の地位を承継した。)に対し,本件事業に関する公金支出等の差止めを求め,

  A同条項4号に基づき,県に代位して,平成7年度から平成9年度にかけて,

  当時の県知事であった控訴人大田昌秀(以下「控訴人大田」という。)が本件

  事業の工事費等として合計金3億4240万円を支出したことが違法な公金

  支出であり,県に同額の損事を与えたと主張して,控訴人大田に対し,上記

  支出相当額の損害辟償及びこれに対する支出の後から(内金1億4740万

  円に対する平成8年4月1日から,内金1億2500万円に対する平成9年

  4月1日から,内金7000万円に対する平成10年4月1日から)各支払

  済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損寄金を県に支払うことを求め,

  B上記@差止請求の予備的請求として,同条項3号に基づき,控訴人知事に

  対し,県が控訴人大田に対する上記Aの損害賠償請求権を有しているにもか

  かわらず,その各行使を怠っていることが違法であることの確認を求めた事

  案である。

 2 前提事実(争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実)

 (1)当事者

 ア 被控訴人らは,いずれも県の住民である。

 イ 控訴人知事は,県の公金の支出,財産の管理若しくは処分,契約の締

  結若しくは履行,債務その他の義務の負担,又は地方債起債手続などの

  行為を行う権限を準令上本来的に有する者である。

 ウ 控訴人大田は,平成7年ないし平成9年当時,県知事の職にあり,本

  件事業の実施に伴う工事請負契約の締結及びこれに基づく請負代金等の

  工事費の支出命令を行う権限を法令上本来的に有していた者である。

(2)本件事業の概要

  本件事業は,県が施工主体となって行う,国頭郡国頭村(以下「国頭村」

  という。)宇佐手の県道2号線を基点として,照首山林道,我地佐手林道の

  一部,楚洲林道の一部,造林作業道,伊江林道の一部,奥1号林道を編入

  し,国頭村字奥の集落の南側に至る総延長14.2キロメートル,全幅5

  メートル(車道幅員4メートル)の林道である広域基幹林道奥与那線(以

  下「本件林道」という。)の開設事業である。本件事業は,平成5年度着工,

  同11年度完成予定,総事業費は21億5000万円とされ,沖縄振興開

  発特別措置法に基づき,国がその事業費の80パーセントを負担し,施行

  主体である県の負担は20パーセントの4億3000万円として計画され

  た。

  本件事業の計画・実施に際して,環境影響事前評価(環境アセスメント)

  は行われなかった。

(3)本件支出負担行為等

   平成7年から平成9年にかけて,控訴人大田は,県知事として,本件事

   業に関し,複数回にわたり工事請負契約の締結(支出負担行為)及び工事

   請負代金その他の工事費用の支出命令を出し(以下,併せて「本件支出負

   担行為等」という。),これに基づき,平成7年度に1億4740万円,平

   成8年度に1億2500万円,平成9年度に7000万円がそれぞれ支出

   された(内訳は別紙一覧表記載のとおり。ただし,同一発表記載の合計額

   は上記各支出額より少ないが,上記各支出額については自白が成立してい

   る。)。

   なお,本件支出負担行為等は,県内部においては,沖縄県財務規則,沖

   縄県事務決裁規定及び沖縄県出先機関の長に対する事務の委任及び決裁に

   関する規則に基づき,農林総務課長又は林業事務所長(以下「農林総務課

   長等」という。)の専決事項として処理された(乙64ないし79。ただし,

   本件支出負担行為等が補助職員〔農林総務課長等〕に専決により処理れた

   旨の控訴人らの主張が「自白の撤回」に当たるか否かについては,後記の

   とおり争いがある。)。

 (4)監査請求

   被控訴人らは,平成8年9月26日,県の監査委員に対し,地方自治法

   242条1項に基づき,本件事業が必要性に欠け,希少種の生息地を破壊

   するもので文化財保護法等に反し,県と本件事業の工事業者との請負契約

   は違法であるから工事費用の支出も違法であると主張して,平成8年度以

   降の工事の中止,工事請負契約の解約,平成7年度支出の1億4300万

   円の返還,既工事部分の原状回復等を知事に勧告することを求める内容の

   「沖縄県職員措置請求書」を提出し,監査請求を行った(甲1。以下「本

   件監査請求」という。)。

   これに対し,監査委員は,平成8年10月29日付けで,被控訴人らの

   監査請求は住民監査請求の制度に適合せず不適法な請求であるとして却下

   する旨通知した(甲2)。

 (5)本訴提起等

   被控訴人らは,平成8年11月25日,控訴人知事に対し,本件事業に

   関する公金支出等の差止めを,控訴人大田に対し,県に代位して,平成7

   年度支出分(1億4300万円)について,支出相当額の損害及び遅延損

   害金の賠償を求める住民訴訟として本件訴えを提起した。

   被控訴人らは,平成10年5月27日の原審第8回口頭弁論期日におい

   て,同日付け訴え変更申立書をもって,控訴人大田に対する損害賠償代位

   請求につき,本件事業に関する平成7年度支出額を1億4740万円に変

   更すると共に平成8年度支出分(1億2500万円)を追加して,各支出
			
   相当額の損害及び各遅延損害金の賠償を求める訴え変更の申立て(同変更

   申立書を提出した日は平成10年5月26日である。)をした。

   被控訴人らは,平成11年5月19日の原審第2回準備的口頭弁論にお

   いて,同日付け訴え変更申立書をもって,控訴人知事に対し,本件事業に

   関する公金支出等の差止請求の予備的請求として,控訴人大田に対する本

   件事業に関する違法な本件各支出につき不法行為に基づく支出相当額(平

   成7年度から平成9年度まで合計3億4240万円)の損害賠償請求権及

   び各遅延損寄金請求権を有しているにもかかわらず,その各行使を怠って

   いることが違法であることの確認を求める訴えを追加する訴えの変更の申

   立て(同変更申立書を提出した日は平成11年5月14日である。)をした。

   被控訴人らは,原審における平成13年3月9日付け第12準備書面(主

   張整理)をもって,予備的請求として,平成9年度支出分(7000万円)

   を追加して,支出相当額の損害及び各遅延損害金の賠償を求める意思を明

   らかにし,平成14年12月13日の原審第19回口頭弁論をにおいて,控

   訴人大田に対する主位的請求として,平成9年度支出分(7000万円)

   を追加して,平成7年度から平成9年度まで合計3億4240万円の支出

   相当額の損害及び各遅延損害金の賠償を求める訴え変更の申立てをした。

 (6)本件事業及びそれに関する公金支出の完了

   本件事業に伴う土事は平成10年3月31日にすべて完了し,本件事業

   に関する県の公金支出は同年5月15日ころ完了した。

 第3 本案前の答弁に関する争点及び争点に対する当事者の主張

  1訴えの利益の有無(差止請求について)
   (控訴人知事の主張)
   本件事業及びそれに関する公金支出は既に完了しているから,差止請求は,

   差し止める対象が存在せず,訴えの利益を欠くため不適法であり,却下され

   るべきである。

 (被控訴人らの主張)

  訴えの利益を欠くとの主張は争う。

 2 監査請求前置一監査請求期間徒過についての正当な理由の有無(平成7年

   度の支出のうち4210万6400円分に関する控訴人知事に対する損害賠

   償請求権不行使の違法確認及び控訴人大田に対する損害賠償代位請求につい

   て)

(控訴人らの主張)

   平成7年度の支出は,そのうち576万8000円が平成7年5月2日に,

   1928万1600円が平成7年7月31日に,922万8800円が平成

   7年8月8日に,782万8000円が平成7年8月14日に,それぞれ,

   工事請負代金として支出されたものであり,これら支出合計4210万64

   00円については,各支出がなされた日から1年の監査請求期間を徒過して

   監査請求がなされており,不適法である。

   本件事業に関する工事請負契約の入札結具は公表され,書面の閲覧が可能

   であるし,平成4年7月1日施行の沖縄県情報公開条例の情報公開制度を利

   用することによっても工事請負代金の支出については知り得たといえ,監査

   請求期間を徒過したことについて,地方自治法242条2項但書所定の正当

   な理由は認められない。

 (被控訴人らの主張)

   被控訴人らが,平成7年度支出分のうち4210万6400円について,

   監査請求期間を徒過したことには,地方自治法242条2項但書所定の正当

   な理由がある。

   すなわち,工事請負契約の入札結果が公表されていたとしても,具体的な

   支出日及び支出額を知り得るわけではないし,県の情報公開制度は,県民の

   公文書の開示を請求する権利を明らかにする目的で制定されたものであって,

   住民に制度を利用することを義務付けるものではないから,控訴人ら主張の

   点をもって,被控訴人らが公金の具体的支出の事実を知り得たということは

   できない。

 3 監査請求前置一監査請求の内容と本件訴訟の請求との同一性の有無(平成

   8年度及び平成9年度支出分に関する控訴人知事に対する損害賠償請求権不

   行使の違法確認及び控訴人大田に対する損害賠償代位請求について)

 (控訴人らの主張)
 
    平成8年度及び平成9年度の支出については,監査請求がされていないか

   ら,監査請求前置の要件を欠き,不適法である。

 (被控訴人らの主張)

  監査請求の前置の有無については,監査請求の内容と住民訴訟の請求に同

   一性があるか否かにより判断されるところ,被控訴人らによる監査請求は,

   平成8年度以降の工事の中止,建設業者との請負契約の解約,平成7年度の

   支出額の返還,既工事部分の原状回復を求めており,本件事業の工事に関す

   る支出全部を監査の対象とし,平成8年度以降の公金支出の差止めが含まれ

   ていることは明らかである。そして,本件訴訟では,当初,控訴人知事に対

   して,本件事業に関する公金支出の差止めを,控訴人大田に対して,平成7

   年度支出額の損害賠償代位請求を求めたものであるから,本件監査請求の内

   容と本件訴訟の請求内容との間には同一性がある。また,住民訴訟において,
   公金支出の差止めを求めていたところ,その公金の支出が行われてしまった

   場合には,当該支出を対象として新たに監査請求をする実益はなく,当該支

   出を行った者を被告とする損害賠償代位請求及び当該損事賠償請求権不行使

   の違法確認請求を追加提起すればよいと解すべきであるから,本件訴訟にお

   ける平成8年度及び平成9年度の支出額に係る請求も,監査請求前置の要件

   を満たしているといえ,適法である。

 4 出訴期間(上記3と同じ各請求について)

  (控訴人らの主張)

   被控訴人ら主張のとおり,監査請求後の支出分について,訴えの追加的変

   更によることが認められるとしても,訴えの変更は,新訴の提起に他ならな

   いから,出訴期間の定めのあるものは,その出訴期間内に変更の申立てがな

   されなければならないのが原則であり,その場合の出訴期間は,当該公金支

   出を住民が知り得た日から30日以内と解すべきである。そして,上記2で

   控訴人らが指摘した事情によれば,被控訴人らが,各支出のされたころには,

    それを知り得たというべきである。

   被控訴人らは,本件において,平成8年度支出に関する控訴人大田に対す

   る損害賠償代位請求について平成10年5月26日,平成8年度及び9年度

   を含めた控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認について平成

   11年5月14日,平成9年度支出に関する控訴人大田に対する損害賠償代

   位請求について平成14年12月13日に,それぞれ訴えの変更をしており,

   いずれも支出のなされた日から30日を経過した後で,出訴期間を経過した

   後になされたものであることは明らかである。

   よって,訴え変更により追加された請求については,出訴期間を徒過した

   もので不適法であり,却下されるべきである。

   (被控訴人らの主張)

   上記3の破控訴人らの主張のとおり,本件監査請求の内容と本件訴訟の請

   求内容との間に同一性があり,当初の訴えが適法な出訴期間内に提起されて

   いるのであるから,訴えを追加的に変更した請求についても,出訴期間の要

   件は満たしているというべきである。

   控訴人らが主張するように,訴えの追加をする際の出訴期間を当該公金支

   出を住民が知り得た日から30日以内と解した場合,地方自治法が住民に与

   えている1年間の監査請求期間が全く考慮されないこととなり,出訴期間の

   算定において,個別に監査請求手続をとった場合に比して,住民に著しく不

   利益な結果となり,不当である。

  5 住民訴訟の対象及び違法事由(控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使

   の違法確認及び控訴人大田に対する損害賠償代位請求について)

  (控訴人らの主張)
   地方自治法242条の2第1項の規定に基づく住民訴訟の対象事項となる

   のは,公金の支出等のいわゆる財務会計上の行為に限定される。また,地方

   自治法における住民訴訟制度は,普通地方公共団体の行政一般の適正を確保

   することを目的とするのではなく,普通地方公共団体の財務会計の適正を担

   保することを目的とする制度であるから,住民訴訟において問題とされる違

   法事由は,専ら地方公共団体の財務会計の適正を図る観点からの違法事由で

   あり,裁判所が,住民訴訟においてそれ以外の観点から違法事由の有無を審

   理・判断することを同法は予定していないというべきである。

   よって,本件訴訟において,本件事業の違法を問題とし,財務会計上の行

   為以外の原因行為の違法を主張している被控訴人らの本件訴えは,住民訴訟

   として不適法であり,却下されるべきである。

   (被控訴人らの主張)

   被控訴人らは,本件訴訟において,公金支出等の財務会計上の行為を対象

   とし,その違法性についても,本件事業が違法であるため,県と本件事業の

   工事業者との契約が違法であり,工事代金等の支出も違法であるとして,財

   務会計上の行為自体の違法性を問題としているのであって,任民訴訟として

   適法である。

  第4 本案に関する争点及び争点に対する当事者の主張

  1本件支出負担行為等が地方財政法に違反して違法か,否か

  (被控訴人らの主張)

   国頭村における林業人口はわずか1.5パーセントにすぎず,木材供給量

   は減少の一途にあり,木材関連産業も減少,素材生産量も減少している。こ

   の程度の森林施実のためには,既存林道で十分対応が可能であり,広域基幹

   林道を整備する必要性はない。しかも,県は,本件林道編入予定路線につき,

   林業従事者の利用状況を調査しておらず,既存林道の現実の利用状況を調査

   することなしに,森林施業のために広域基幹林道の整備が必要であると主張

   している。

   また,沿岸道路の一部不通時における迂回路としての役割については,交

   通量調査,交通予測調査等が行われておらず,どの程度の需要が存するか不

   明である上,沿岸道路よりもむしろ林道の方が台風などには弱く,通行止め
   となる可能性が高いのであって,仮に迂回路としての役割を期待するにして

   も,既存林道を舗装する程度で対応が十分可能である。
   本件林道の巨額の建設費用及び将来にわたって支出が予想される維持修繕

   費用を考えると,本件事業に要する費用は,本件林道開設によってもたらさ

   れる効果をはるかに超えるものであって,経済的合理性を欠くことも明らか

   である。

   このように本件事業の実施は,必要性や経済的合理性を欠くところ,本件

   事業施行区域の自然環境の価値を適正に考慮せず,本件林道開設による法面

   の土砂流失・崩壊,林道の陥没・決壊・崩落等自然災害の発生を考慮せず,

   本件事業施行区域が水源として重要な地域であることを適正に考慮せず,災

   害時の迂回路としての役割やレクリエーション目的の利用を過大に評価する

   など,そめ裁量判断の方法及び過程に誤りがあり,明らかに裁量の逸脱・濫

   用があるから,本件事業のための公金支出は,地方財政法2条1項,3条1

   項,4条1項及び8条に違反し,違法である。

   (控訴人らの主張)

   本件事業は,@支線の林道の整備と相まって,林道網の適正配置による計
                          
   画的な森林づくりの促進,木材生産機能,輸送力向上,交通安全の確保など

   林業の合理的経営及び集約的管理,A小面積の伐採・搬出による自然環境へ

   の配慮,B森林レクリエーションの場としての活用,C災害時等の迂回路,

   D水源かん養機能の確保等森林の管理を図ることを目的としている。

   国頭村の林業従事者数は約260人(平成7年就業者数の9.7パーセン

   ト)であり,これらの従事者により,フローリング,家具等の内装材や土木

   用資材の生産,チップ生産が行われており,県林業の中核的地域である。ま

   た,本件林道の利用区域内の人工林率は,県平均に比べ格段に高い。既設林

   道においては,@図面上の幅員が4メートルであったが,実際には草が覆い

   被さっていてそれだけの幅員が確保できない箇所があったこと,A路面が未

   舗装で,雨等の影響でえぐられた部分が生じ,木材の搬出が困難であったこ

   と,B原木搬出時,荷崩れの危険を避けるため,かなり迂回して工場まで運

   んでいたこと,C道路勾配がきつく,運搬のため普通のダンプカーを使用で

   きず,4輪駆動車等に限られていたことなど,非効率的であった。このよう

   な事情から,統一した基幹林道が必要であるとして,平成3年6月,国頭村

   から,県に対し,林道開設の要請があった。

    広域基幹林道の場合,林業効果指数が1.2以上であることが国庫補助の

   採択基準の一つであるが,本件林道は7.19となっており,優に採択基準

   を満たしている。また,採択基準でいう利用区域森林面積とは,当該林道に

   その地域内の林業経営及び森林管理を依存することとなる地域のことである

   が,山間部においては,原則として国有林,民有林を問わず集水区域を利用

   区域とすることとなっており,本件林道もこれに従って設定しているところ,

   本件林道の利用区域は3152ヘクタールあり,国庫補助の採択基準である

   1000ヘクタールを超えている。また,鳥獣保護区,保安林等の制限林に
                  l
   ついては,適正な手続により施業が認められている森林であり,これらの制

   限林の諸機能を確保するために適正な管理を行うことも,林道の機能として

   必要であり,制限林について林道の利用区域に含めることにも問題はない。

   本件林道は,米軍に提供された北部演習場(国有林)を除く民有林だけでも,

   2713.5ヘクタールの利用区域がある。

    県は,自然環境に与える影響を最小限にとどめるために,既設林道を利用

   することとし,通達に従って,全体計画調査を実施した。そして,調査の結

   果に基づいて,小動物に配慮した側溝や近自然工法を用いる等,自然環境に

   配慮した細心の工法で本件事業を実施した。

    被控訴人らは,既設林道の改良で十分であると主張するが,降雨量が多く,

   降雨強度の強い本県では,雨に耐え得る道路構造でなければ,道路の損傷が

   多発し,通行上危険であるので,本件林道を開設することが必要であった。

   以上の本件事業の目的,本件林道の必要性・合理性,国庫補助採択基準の

   充足,自然環境に対する配慮等を総合的に考慮すれば,本件事業遂行のため

   の支出は合理的なものであり,適法である。

  2 本件事業における法令違反(違法)の有無及び内容

   (被控訴人らの主張)

   (1)林業基本法(平成13年法律第107号による改正前のもの。以下,「林

    業基本法」という場合,同改正前のものを指す。)違反

    林業基本法3条2項では,国の林業政策の目標達成に必要な諸施策につ

    いて,国土の保全その他森林の有する公益的機能の確保及び地域の自然的

    経済的社会的諸条件を考慮して講ずるとし,同法4条2項では,国土の保

    全その他公益的機能を有する国有林野については,その機能が確保される

    ように努めるとし,同法5条では,地方公共団体は,国の施策に準じて施

    策を帯ずるよう.に努めなければならないとして,地方公共団体の行う施策

    にも同法を準用している。

    ここにいう自然的条件考慮要件は,その内容として環境影響調査義務を

    内包しているところ,本件事業については環境影響評価が行われておらず,

    本件事業の内容自体も,自然的条件考慮要件に反している。

    経済的条件考慮要件は,林業施策の経済的合理性として,費用対効果分

    析を要求し,社会的費用便益分析によって担保されるところ,本件事業に

    おいては,いずれの分析も行われていない上,本件事業の内容自体も,効

    果は期待できないのに,自然破壊による環境保全事業,自然災害による災

    害復旧事業を不可避なものとしており,費用が効果を上回ることが明らか

    であって,経済的合理性を欠く。

    社会的条件考慮要件については,林業施策の必要性を地域の社会的条件

    に照らして検討するものであるが,本件事業では,国頭村の地域の林業や

    生活に必要な道路は整備済みであり,地域の社会的条件からは本件林道を

    必要としないにもかかわらず,同要件が考慮されていない。

    また,これらの各考慮要件を充足するためには,林業施策につき総合的

    なアセスメントを実施する必要があるが,本件事業では必要性や相当性の

    検証,代替案の検討が全くなされておらず,意思決定過程の合理性を欠く。

  (2)森林法違反

   ア 林地開発許可制度

    森林法10条の2においては,地域森林計画の対象となっている民有

    林において開発行為をしようとする者は,省令で定める手続に従い,都

    道府県知事の許可を受けなければならないとされている。この許可制度

    は,同条1項1号において,国又は地方公共団体が行う場合は適用され

    ないと規定されているが,これは,国や地方公共団体が主体となる場合

    には許可基準に抵触しない開発行為がなされることが当然であるから許

    可を要しないという趣旨であって,地方公共団体等による林地開発行為

    においても,それが同条2項の許可基準に抵触するような内容・態様の

    ものである場合には,同条違反として違法と評価されるべきである。本

    件事業については,その施行区域の一部は,水源かん養保安林,土砂崩

    壊防備保安林,土砂流出防備保安林に指定されているから,同条2項の

    許可基準に抵触し,違法である。

   イ 保安林の解除手続

    本件事業の計画路線範囲内には水源かん養保安林(辺野暮ダム上流一

    帯)と土砂流出防備保安林(奥州流域の4か所)及び土砂崩壊防備保安

    林(奥川流域の2か所)が存在し,本件林道は,水源かん養保安林を約

    3ないし4キロメートル以上,土砂流出防備保安林を約2キロメートル

    以上,土砂崩壊防備保安林を約2キロメートルにわたって通過し,各保

    安林内において,相当量の立木伐採,立木損傷,下草等採取,土地形質

    の現状変更がなされ,恒久的に保安林の現状を変更するものであるから,

    本件事業の実施に先立ち,該当部分の森林について森林法26条1項に

    規定する保安林解除の手続をとる必要があった。本件事業は,未舗装の

    林道を恒久的にアスファルトないしコンクリート敷きに全面的に作り替

    え,規模も著しく拡大するものであり,他方,土砂流出防備保安林及び

    土砂崩壊防備保安林は禁伐指定を受けているのであるから,同法34条

    1項及び2項の許可では足りず,農林水産大臣による保安林の解除手続

    が必要とされていたものである。

    林野庁長官からの通達(昭和45年6月2日45林野治第921号林

    野庁長官から各都道府県知事・営林局長あて。最終改正平成7年10月

    31日。以下「本件通達」という。乙84)を前提としても,林道等を

    設置する場合(同通達別表1)については,行為の期間に条件を附する

    こととし,その期間は,当該行為に着手するときから5年以内又は当該

    施設の使用が終わるまでの期間のいずれか短い期間とされているのであ

    るから,5年を超えて存続する本件林道の設置工事等についてはそもそ

    も作業許可の対象とされておらず,このような場合は保安林の解除手続

    が必要であることが前提となっていると解すべきである。

    控訴人らの援用する森林の保健機能の増進に関する特別措置法(平成

    元年法律第71号。以下「森林保健機能増進法」という。)は,法律によ

    って森林法34条2項の作業許可を不要としたものであるから,本件で

    引き合いに出すのは的はずれである。しかも,森林保健機能増進法で予

    定している森林保健施設は,休養施設,教養文化施設等のいわゆる「点

    的施設」であって,広域基幹林道のような大規模な「線的施設」は含ま

    れていない。

   ウ 森林法34条の許可手続

    仮に,保安林解除手続が必要ないとしても,保安林において立木の伐

    採を行う場合には都道府県知事の伐採許可(同法34条1項)が必要で

    あり,さらに,土地の形質を変更する行為を行う場合にも都道府県知事

    の許可を要するから(同条2項),本件事業については,同法34条1項

    の伐採許可及び同条2項の作業許可が必要であったのに,これらの許可

    さえとらずに実施された。

    これらの規定の違反に対しては,刑事罰が設けられている(同法20

    6条3,4号)。

     また,都道府県知事は,許可申請に係る行為がその保安林の指定の目

    的の達成に支障を及ぼすと認められる場合は許可してはならない(同条

    5項)とされ,通達によっても,作業許可に係る行為が,周辺地域に土

    砂の流出等の被害を及ぼすおそれがある場合,立木の生育及び土壌の正

    清を阻害し又は土壌の性質を改変する等保安林の保安機能の低下をもた

    らすと認められる場合については,作業許可は行わないものとするとさ

    れているほか(乙88),作業許可の内容が許可基準に適合するものであ

    っても,当該保安林の指定の目的,指定施業要件,現況等からみて保安

    機能の椎持に支障を及ぼすおそれがある次のような場合には,画一的に

    許可を行うことは適当ではなく,慎重に判断するものとするとされ,そ

    のような場合の一つとして,急傾斜地である等個々の保安林の地形,土

    壌又は気象条件等により,変更行為が周囲の森林に与える影響が大きく

    なるおそれがある場合が挙げられている(乙89)。本件林道においては,

    保安林内において法面の崩壊や路肩の崩落が集中的に発生し,土砂の崩

    壊や流出を防備するという保安林の保安機能が現実に損なわれる結果が

    現出しているし,やんばる山地の急傾斜地に位置する本件保安林の存在

    する場所は,その地形,土壌,厳しい気象条件等や先例にかんがみても,

    このような事態の発生は容易に予想されたのであって,上記運用指針に

    照らせば,仮に作業許可の申請がなされたとしても許可をすることが不

  適当と判断される状況があった。

     これらのことからすれば,本件林道の設置工事に当たり立木の伐採許

    可及び作業許可を得ていないことは極めて重大な瑕疵である。

  (3)沖縄県環境影響評価規程違反

    沖縄県環境影響評価規程によれば,県内における林道新設の場合,広域

    基幹林道で車道幅員が4メートル以上,延長2キロメートル以上のものに

    ついては,環境影響評価を行わなければならないところ,本件事業におい

    ては,環境影響評価が実施されておらず,違法である。本件林道は,ほと

    んどの部分において未舗装既存林道の拡幅・改築という形をとっているも

    のの,その事業規模,周辺の生態系に与える影響からすれば,広域基幹林

    道の新設に該当するというべきであり,環境影響評価が必要である。また,

    既設林道の拡幅は林道の新設に当たらないとする控訴人らの主張によって

    も,少なくとも,既存の造林作業道A区間及び同B区蘭に対応する部分に

    ついては,新設というべきであるところ,両区間を合計すると2050メ

    ートルで,基準の2キロメートルを超えるのであって,上記規程に基づく

    環境影響評価が必要であった。

  (4)文化財保護法違反

    天然記念物の保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,文化庁長

    官の許可を受けなければならない(文化財保護法80条1項)ところ,本

    件事業は,自然林の伐採やその後の立ち枯れ,天然記念物の生息域の分断

    により,天然記念物の生息範囲を縮小させた上,本件林道を通行する自動

    車等の騒音や排ガスにより天然記念物に悪影響を与え,本件林道の側溝設

    置物への天然記念物である小動物の落下などを招き,その生存を脅かすも

    のであるが,文化庁長官の許可を受けておらず,違法である。

    (5)絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(平成11年法

    律第160号による改正前のもの。以下,「種の保存法」という場合,同

   改正前のものを指す。)違反

    国内希少野生動植物種の生きている個体は,捕獲,採取,殺傷又は損傷

    をしてはならない(種の保存法9条)とされ,「生きている個体の捕獲等」

    とは,その個体に影響を及ぼす行為を広く意味し,故意過失を問わないと

    解すべきであるところ,本件事業は,自然林の伐採やその後の立ち枯れ,

    国内希少野生動植物種の生息域の分断により,同動植物種の生息範囲を縮

    小させた上,林道を通行する自動車等の騒音や排ガスにより同動植物種に

    悪影響を与え,側溝設置物への小動物の落下などを招き,その生存を脅か

    しているのであるから,これに該当する。同法54条では,地方公共団体

    が行う事務又は事業については同法9条の適用を除外しているが,地方公

    共団体の事業においては,捕獲等を回避する措置がとられるのを当然の前

    提としているから除外されているのであって,地方公共団体の事業であっ

    ても,捕獲等の結果が予見されるときにはその回避義務があるというべき

    であり,これを怠ったときは違法となる。

    また,地方公共団体は,国内希少野生動植物種の生きている個体の捕獲

    等をしようとするときは,あらかじめ環境庁長官に協議しその同意を得な

    ければならない(同法54条2項)ところ,本件事業では,環境庁長官に

    協議して同意を得ておらず,違法である。

  (控訴人らの主張)

  (1)林業基本法について

    林業基本法は,国の林業に関する政策の目標を明らかにし,その目的達

    成に資するための基本的な施策を示そうとする宣言立法であり,法の内容

    自体は一般的抽象的事項を規定するに止まり,同法の規定自体から具体的

    な法的義務を導き出すことはできない。

    また,同法3条2項にいう,林業政策の目標達成に必要な諸施策は地域

    の自然的経済的社会的諸条件を考慮して講ずるとは,林業の発展が,地域

    的条件によって左右されるところが大きく,気候,地勢,土壌,林野所有

    の在り方,市場との関係,就業動向その他広く地域全体の自然的経済的社

    会的諸条件に応じて異なった現れ方をするから,林業政策についてもそれ

    らの諸条件に応じて画一的でなく,きめ細かく実施しなければならないと

    いう意味を強調したものにすぎない。よって,同条項は,環境影響評価調

    査や費用対効果分析,総合的なアセスメントを実施することを義務付ける

    ものではない。

  (2)森林法について

    ア.林地開発許可制度

    森林法10条の2第1項但書1号において,国又は地方公共団体が行

    う開発行為については都道府県知事の許可が必要とされないことは文言

    上明らかである。なお,本件事業については,事業者手前に,積極的に,

    地形,水系利用等の自然環境を含めた全体計画調査を行い,かつ,自然

    環境等の保全や災害防止,希少動物の保全に留意して事業が実施された。

    よって,本件事業が同法10条の2第2項等の規定の趣旨に抵触するこ

    とはない。

  イ 保安林の解除手続

   (ア)本件林道の一部が,水源かん養保安林及び土砂崩壊防備保安林と指

    定されている区域内に存在することは認めるが,本件林道の設置に際

    して農林水産大臣による保安林指定の解除手続が必要であったとの主

    張は争う。なお,本件事業施行区域には土砂流出防備保安林は存在し

    ない。国頭村における土砂流出防備保安林については,保安林台帳上,

    本件事業施行区域内には何ら記載がない一方で,他の区域に存する土

    砂流出防備保安林は202ヘクタールとなっており,市町村別の民有

    保安林現況表等によっても,土砂流出防備保安林の面積は202ヘク

    タールで変化はなく(乙10ないし26),土砂流出防備保安林の位置
−20−


 及び面積につき,保安林台帳の記載が正しいといえる。全体計画調査
報告書(甲23)添付の規制区域区分図の表示は誤りである。

 森林法は,一定規模以下の林道の開設については,以下のとおり,
保安林指定の解除手続を経ることなく法34条2項の作業許可によっ

て行うことを当然に予定している。
 保安林の指定は,農林水産大臣又は都道府県知事が,森林法25条
1項各号に掲げる公共の目的を達成するために必要ががあるときに「森
林」を対象としてすることができるものとされ,保安林の指定は,水
源のかん養,災害の防止等の公益的機能を発揮させて公共の目的を達
成するために,本来自由であるべき森林所有者等による森林の利用に
規制を加えるものである。森林法は,一定の場合に保安林の指定を解
除することを規定し(同法26条,26条の2),また,保安林におい

て立木の伐採等の行為をする場合には原則として都道府県知事の許可

を受けなければならないとしている(同法34条1項,2項。以下,
同条項に規定する都道府県知事の許可を併せて「作業許可等」という。)。

保安林指定の解除と作業許可等とは,いずれも,保安林の有する公益
的機能に着目した制度であるが,このうち作業許可等は,当該保安林
の公益的な機能が維持されていることを前提としてされるのに対し,
保安林指定の解除は,その機能の発揮の必要性が失われ又はその機能
を上回る公益性が生じた場合にされるものである。したがって,保安
林内においてある行為を実施するに当たり,保安林指定の解除による
か,作業許可等によるかについては,当該行為の実施後も当該保安林
の目的となった機能が維持されるか否かによって決すべきである。道
路開設等により森林の一部について立木竹の伐採を行い,立木竹の生
育していない部分が生ずる場合であっても,当該森林が全体として,
いまだ保安林の指定の目的となった機能を維持していると認められる
ー21−
  

 限り,保安林指定の解除手続によるべきでなく作業許可等によれば足

りると解すべきである。

 本件林道は,主に森林の育成,保護・管理のために利用する目的で
森林の中に設けられる線状の施設であって,このような林道は,保安
林の機能を適切に維持していくために周囲の森林と一体として管理し

ていくことが適当であるし,その規模に照らしても,保安林の指定の

目的の達成に支障を及ぼすものではなく,保安林の指定の目的となっ
た公益的機能は維持されている。本件通達も,この趣旨に則り,車道

幅員が4メートル以下であって,森林の施業・管理に供するため周囲

の森林と一体として管理することが適当と認められる場合には,林道

の設置についても作業許可の対象とするとの運用指針を明らかにした

ものである。同通達は,留意事項として,作業許可の対象となる行為
であっても,当該保安林の保安機能の維持に支障を及ぼすおそれがあ

る一定の場合には,画一的に許可を行うことは適当ではなく慎重に判
断することを求めているが,これは,あくまで,保安林の指定の目的
の達成に支障を及ぼすか否かを個々の事案に即して慎重に判断するこ

ととしたものであって,申請に係る行為がその保安林の指定の目的の
達成に支障を及ぼすと認められる場合を除き,これを許可しなければ
ならないとする森林法の趣旨に則った合理的なものである。
 たしかに,昭和48年2月15日発行に係る「森林法コンメンター
ル」(甲36)には,道路(林道を含む)の解説等,そこが森林でなく
なろような土地の形質変更については,許可の余地はなく,むしろ,
保安林の解除を行うべきものと解されるとの記述があるところ,同記
述は,その当時の実務運営上の指針とされていた林野庁長官通達(乙
80)にしたがったものと思われるが,その後,森林管理の推進の重
要性の高まり,大型機械による森林施業の実施,近年の林道施工管理
−22−


 技術の向上など様々な変化を踏まえ,林道であっても「森林」性を失
 わず,保安林指定の目的が維持される場合があり得ることから,森林
 法の趣旨に則り同法の予定する範囲内で,実務上の運営の指針を順次

 改めるに至ったものである。

  このような解釈は,森林保健機能増進法の規定からも明らかである。
 すなわち,同法は,保安林区域内において特定認定に係る森林保健機

 能増進計画に従って森林保健施設を整備するために行う立木の伐採そ

 の他土地の形質の変更等については,森林法34条1項,2項の許可
 を要しないと規定している(森林保健機能増進法8条1項,2項)。こ
 れは,長期にわたって当該施設敷地の部分に立木竹が生育できない部

 分が生じることを当然予定されている森林保健施設(休養施設等)に
 ついて,同法における計画認定の段階で「保安林の指定の目的の達成
 に支障を及ぼさないと認められること」を審査要件としている(同法
 6条3項(4))ので,改めて森林法34条1項,2項の作業許可等を申
 請することは無用であることから,これらを不要としたものである。
 このことは,ある行為の実施により,森林の一部について立木竹の伐
 採等を行い,立木竹の生育していない部分が生ずる場合であっても,
 当該森林が全体として保安林の指定の目的となった機能を椎持してい
 ると認められる限り,保安林指定の解除は必要ないことを前提として

 いるものである。
(イ) 作業許可等について
 本件林道の開設に当たり,森林法34条1項及び2項に規定する都
 道府県知事の許可(作業許可等)を得ていないことは認める。
 保安林解除は,農林水産大臣の権限とされているのに対し,作業許
可は都道府県知事の権限であり,各々の手続も異にしている。沖縄県に
おいては,作業許可は北部林業事務所長に対する委任事項とされている
−23−



 (沖縄県出先機関の長に対する事務の委任及び決裁に関する規則第3条,

  別表2)。本件事業において作業許可等の手続をとらなかったことは,軽
 微な瑕疵に過ぎず,保安林制度の趣旨に反するような著しい違法性及び
  明白かつ重大な瑕疵が存在するとはいえない。

(3)沖縄県環境影響評価規程について
 本件事葉は,既設林道を拡幅する改築工事が主体であり,林道の新設で
 はなく,同規程の要件に該当しないため,環境影響評価の必要がない。仮
 に,相当程度の自然の改変を必要とした造林作業道A区間を「新設」と評

 価したとしても,この区間は1.5キロメートルしかなく,本規程には該

 当しない。また,県は,環境影響評価こそ実施しなかったが,事業着手前

 に積極的に,地形,地質,気象,動植物,水系利用等の自然環境を含めた
 全体計画調査を行い,自然環境に関する必要な情報を収集し,その調査結
 果に基づき保護措置を検討した上で本件事業を実施した。
(4)文化財保護法について
  文化財保護法80条1項但書は,影響が軽微である場合はこの限りでな

 いと規定しており,@本件事業は,既設林道等の拡幅工事が主体であるこ
 と,A編入予定の既設林道等は昭和一桁年代から開設されている路線もあ
 り,統一して整備した方が既存のU型側溝の改良進度が速まることにもな
 り,小動物対策上好ましいこと,B側溝はL型を採用し,やむを得ずU型
 を採用する場合は,蓋を付けるか小動物が脱出可能なスロ一プ型を適所に
 配置していること,C集水ますにもスロープを設けていることからして,
 自然環境に配慮して遂行しており,同但書に該当する。
(5)種の保存法について

  種の保存法54粂2項所定の「生きている個体の捕獲等をしようとする
 とき」とは,特定の個体を故意に捕獲,採取,殺傷又は損傷することを意
 味する。本件事業は,特定の個体を故意に捕獲,採取,殺傷又は損傷する
ー24−


 ものではないから,同項に違反しない。
3 本件事業における法令違反(違法)によって本件各支出負担行為等が財務

  会計上違法となるか,否か。

(被控訴人らの主張)
 住民訴訟において問題とすべき財務会計行為の違法性は,その制度趣旨に
鑑み,当該行為により地方公共団体に財産的損失を与えることが法的に許容
 されるか否かという観点から総合的に評価されるべきであり,この違法性の
 評価は,一連の行政過程から財務会計行為だけを取り出し,これを他から切

 り離して独立には評価することができず,財務会計行為とその原因となった

 行為を一体的に捉えて初めて的確に判断することが可能である。

 よって,財務会計上の行為の原因行為が違法であることにより,当該財務
会計上の行為が,当該地方公共団体の財産的利益の擁護という観点からして,
 違法となる場合があり,本件はその場合に該当する。

 森林法上必要とされている保安林解除の手続を採らずに保安林を伐採する
 行為は,刑事罰を科せられるいわば絶対的違法行為であって,このような違
 法行為を内容とする事業に公金を支出することが財務会計法規に違反するこ
 とは当然である。このことは,地方自治法242条1項4号の損害賠償請求
 ができるのは,先行する原因行為に違法事由が存在する場合であっても,右
 原因行為を前提としてされた職員の行為自体が財務会計法規上の義務に反す
 る違法なものであるときに限られると判示した最高裁判所平成4年12月1
 5日第3小法廷判決・民集46巻9号2743頁(以下「平成4年最高裁判
決」という。)の趣旨にも沿うものである。本件事業が森林法等に違反して違
 法である以上,県知事として予算を適正に執行すべき一般的義務を負う控訴
 人大田としては,そのような違法な事業のために工事請負契約(支出負担行
 為)を締結して公金を支出してはならないという職務上の義務(財務会計法
 規上の義務)を負っていることは明らかである。本件のように森林法所定の
−25−


保安林解除の手続を取ることなく工事を敢行し,道路ができたとしても,当
該保安林部分の工事は違法であるから道路としての存続は許されず,森林所
有者等には立木伐採部分について植栽の義務があり(森林法34条の3),県

知事は伐採者に対して造林命令等を発することができる(同法38条)。そし
て,本件林道の一部が道路として存続することが法的に許されない以上,そ
の他の部分のみでは林道としての機能を果たし得ないのであるから,本件事
業は,全体として所期の事業目的を達成できないことは明らかである。した
がって,本件事業については,不可分一体のものとして全体について違法性
を評価すべきであり,一部(保安林部分の)の違法は本件事業全体を違法な
らしめるというべきである。

(控訴人らの主張)

 地方自治法上の住民訴訟制度は,地方自治体職員の違法な財務会計行為を
防止し,是正し,あるいは地方公共団体に生じた損失を補填させることによ
り,地方財務行政の適正な運営に資することを目的とする制度であって,地
方行政一般の非違を対象とするものではない。当該職員に財務会計行為上の
債務不履行又は不法行為による損害償責任を問うことができるのは,先行
する原因行為に違法事由が存する場合であっても,その原因行為を前提とし
てされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なもの
であるときに限られる。当該職員に何らかの義務違反があったとしても,そ
れが財務会計行為に関しない行政一般の義務違反であるとか,財務会計法規
上の義務違反であっても当該地方公共団体の損害と相当因果関係のないもの
は,当該職員に対する損害賠償請求権の成否とは無関係なものとして考慮の
対象外におかれるべきである。
 被控訴人らの主張する森林法違反等の違法事由は,いずれも環境問題に関
する諸法律違反の主張であり,財務会計法規上の義務とは無関係な行政一般
の非違に関する主張に過ぎず,しかも,地方公共団体に対する対内的な義務
−26−


 に関しない地方公共団体の財産上の損害とも何ら関係のない主張である。被
 控訴人らの主張を前提とすると,ある事業を行うために工事請負契約を締結
 しようとする場合,財務会計法規違反の有無に止まらず,当該事業が林業基
 本法,森林法,文化財保謹法等のあらゆる関連法令に違反していないことを
 逐一調査確認した上でなければ行為者が自ら賠償責任を負わされることにな
 りかねないのであって,特に本件のように専決により処理される事柄につい
 ては専決権者に不可能を強いるものである。関連法令が多数に上ればそれら

 を逐一調査すべきことになるが,これでは,公務の遂行が萎挿することにな

 りかねず,他方,賠償責任を免れるために調査を尽くそうとすればするほど
 事務は停滞する一方となり,能率的な行政の確保を図るという(地方自治法
1条)法の趣旨に抵触する。また,地方公共団体の行政作用のほとんどが財

 政支出を伴うものであることを考えると,住民訴訟の名の下に行政一般の非
 違を問うことに等しく,住民訴訟制度の趣旨にも反する。

 本件において被控訴人らが主張する違法事由と本件支出負担行為等との関

 係は,いわゆる「財務会計上の行為に先行する原因行為の違法事由」の問題

 ではなく,そもそも平成4年最高裁判決とは事案が異なる。本件事業と同事

 業のための工事請負契約の締結(本件各支出負担行為)等の公金支出との関
 係は,前者が後者の「動機目的」をなすに過ぎず,原因となる非財務会計行
 為とこれを前提とする財務会計行為という関係にはない。本件事業において
 森林法等に違反する事由があるとしても,そうであるからといって本件事業
 全体が違法であるとか,本件各支出負担行為等が財務会計法上の義務に違反
 するという議論は成り立たない。
4 控訴人大田の責任の有無

 (被控訴人らの主張)

(1)控訴人大田は,自ら森林法等に違反する行為をしたのであるから,本件
  支出負担行為等が違法であることにつき故意又は過失があったことは明ら
ー27−


 かである。
(2)控訴人らは,当審において,本件支出負担行為等がいずれも農林総務課
 長等の専決によりされたとの主張をするけれども,控訴人らの同主張は,
「自白の撤回」に当たり許されない。すなわち,被控訴人らは,当初から,
 当時の県知事として控訴人大田が自ら本件支出負担行為等を行ったと主張
 していたのに対し,控訴人らは,「認める」と認否していたのであって,
 農林総務課長等の専決により本件支出負担行為等がされたとの控訴人らの
 主張は,上記認否と両立し得ない主張であるから,自白の撤回に当たるか,
 少なくとも,時機に後れた攻撃防御方法であって許されない。控訴人らは,
 被控訴人らが「専決でない」ことについて主張立証責任を負うと主張する
 が,それは誤りであって,「専決であること」の主張立証責任は控訴人ら

 の側にある。

  なお,仮に,本件支出負担行為等が農林総務課長等の専決によりされた
 ものであるとしても,控訴人大田は,本件林道開設予定地域に保安林が存
 在すること,したがって,本件林道開設工事に先立って保安林解除ないし
 立木伐採に関する知事の許可が.必要になることを当然認識していたか,又
 は容易に認識できたはずであるから,専決権者が保安林解除手続ないし立

 木伐採の許可がないまま本件工事に関する財務会計上の行為(本件支出負
 担行為等)に及ばないよう指揮監督し,もって専決権者による財務会計上
 の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務を負っていた。にもかかわらず,
 控訴人大田は,専決権者による違法な財務会計上の行為を阻止しなかった

 ものであるから,少なくとも過失による損害賠償責任を負う。

(控訴人らの主張)

(1)控訴人大田自身の本件支出負担行為等に関する故意過失の主張について
 は否認ないし争う。

(2)本件支出負担行為等は,農林総務課長等の専決によってされたものであ
ー28−


  る。専決者は,専決をした場合において必要があると認められるときは,
 その専決をした事項を上司に報告しなければならない(県事務決裁規定1
 0条)とされているが,本件支出負担行為等は,上司に報告すべき重要な
 事項ではないから,控訴人大田にその内容は報告されていない。県の関わ
  る事業は膨大であって,知事が各事業の詳細を把握できる状況にはないか
  ら,個々の事業内容について詳細な報告を知事に対して行うことはない。
  したがって,控訴人大田には指揮監督上の義務違反はないし,故意過失も
  ない。

5 損害の有無及び額

 (被控訴人らの主張)
 本件では,本件事業に公金を支出する行為そのものが違法である。本来支
 出してはならない公金を支出し,県の財産を流出させたのであるから,その
 支出時点において,支出額相当の現実の損害が県に発生した。

 外観上林道が完成したとしても,そのうち保安林に係る部分は速やかに撤

 去した上,植栽して原状回復措置を講じなければならない状況にあるのであ
 って,その存在自体が法的に許容されていない。そして,保安林に係る部分
 が撤去されれば,本件林道は全体としてその機能効用を果たし得ず,本件事

 業そのものが全体として所期の目的を達し得ないのであるから,支出された
 公金は全く無駄であったことに帰するので,これが現実の損害であることは

 明らかである。
 (控訴人らの主張)

 本件支出負担行為等により県に損害が生じたとの主張は否認ないし争う。

 本件のような公共事業の場合,本件事業に対する県からの支出が直ちに現実
 的かつ客観的な財産上の損害といえるためには,本件事業がすべて休止され
 るなどして同事業や同事業に係る施設等が全く機能せず,将来においても機
 能する見込みが全くないなど,県からの支出が全く無価値なもので,当該支
ー29−


 出等が直ちに県の財産上の損害とみなし得るような特段の事情が存するとき
 に限られると解すべきである。本件では本件事業に係る林道工事は完成し,
 この林道は県の貴重かつ有用な財産として現に林業従事者等によって活用さ
 れ今後も末永く使用されるはずのものであって,県に損害が発生していない

  ことは明らかである。

第5 本案前の争点に対する裁判所の判断

 1 差止請求について
   本件事業の施工に伴う工事は平成10年3月31日に完了し,本件事業に
 関する県の公金支出は同年5月15日ころ完了したことは,前記第2の2の
  前提事実(6)記載のとおりである(当事者間に争いがない。)。
   よって,被控訴人らが,控訴人知事に対し,本件事業に関する公金支出等
  の差止めを求める訴えは,訴えの利益を欠くことが明らかであり,不適法で

  ある。

 2 平成7年度支出のうち4210万6400円分の監査請求期間徒過につい

  て

   本件事業に関する平成7年度の支出において,本件事業施工に伴う工事の

  請負代金として,576万8000円が平成7年5月2日に(乙38),82

  4万円(乙43)と1104万1600円(乙45)の合計1928万16

  00円が平成7年7月31日に,922万8800円が平成7年8月8日に

  (乙47),782万8000円が平成7年8月14日に(乙41),それぞ
  れ支出されたことが認められる(なお,上記各支出額につき,上記各書証に
  おいては,国の負担分も含めた各支払工事請負代金額が明らかになるのみで

  あるが,事業費の県負担割合が20パーセントであることは争いのない事実

  であるところ,控訴人ら主張の支出額は,各書証において認められる工事請
  負代金の20パーセント相当額と合致するから,控訴人ら主張のとおりの額
  であったと認めることができる。)。これらの合計4210万6400円につ
ー30−


いては,各支出がなされた日から1年の監査請求期間を徒過して,被控訴人

らによる監査請求がなされている。そこで,監査請求期間の徒過について,

地方自治法242条2項但書所定の正当な理由が認められるか否かが問題と

なる。

 地方自治法において,監査請求に期間制限が設けられた趣旨は,住民訴訟
が提訴者の個人的権利や利益と関係なく提起できる客観訴訟であり,普通地
方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為が,いつまでも監査請求な
いし住民訴訟の対象となり得るとすると,当該行為の法的安定性が損なわれ

ることにある。そして,同法242条2項但書は,当該行為が秘密裡になさ
れ,1年を経過してから初めて明らかになったような場合等には,その趣旨
を貫くのは相当ではないことから定められたものであって,ここにいう正当
な理由の有無は,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査した
ときに客観的にみて当該行為を知ることかできたか,また,当該行為を知る
ことができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうかに
よって判断すべきものである。そして,当該行為が秘密裡になされた場合に
限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても
客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知る
ことができなかった場合も同様に,特段の事情のない限り,普通地方公共団
体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに
足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができたと解される時から
相当な期間内に監査請求をした場合には,正当な理由があると解すべきであ
る(以上につき,最高裁判所昭和63年4月22日第2小法廷判決・裁判集
民事154号57貢,同平成14年9月12日第1小法廷判決・民集56巻
7号1481頁参照)。
 そこで検討するに,平成5年から国頭村において本件事業に伴う工事がな
されていたことは外形的に明らかであるところ,県発注の工事請負契約の入
ー31−


札結果等については,工事名,工事場所,落札金額等に関する書面の閲覧が
可能であることが認められる(乙37)。そうすると,県の住民は,本件事業
に関する工事請負契約に関する書面を閲覧することにより,その具体的内容
等を知ることができ,さらには,県の情報公開制度を利用することによって,
当該工事請負契約に関する具体的な工事代金の支出等についても知り得たと
いうべきである。

 被控訴人らは,工事請負契約の入札結果が公表されていたとしても,具体
的な支出日及び支出額を知り得るわけではないし,県の情報公開制度は,県

民の公文書の開示を請求する権利を明らかにする目的で制定されたものであ

って,住民に制度を利用することを義務付けるものではないから,被控訴人

らが公金の具体的支出の事実を知り得たとはいえないと主張する。

 しかし,被控訴人らによる本件監査請求が,前記第2の2の前提事実(4)記

載のとおり,本件事業が必要性を欠き,希少種の生息地を破壊するため文化

財保護法等に反することを違法の理由とするものであったことからすると,
具体的な公金支出日及び支出額が明らかになって初めてその違法性を認識し
得たというわけではなく,具体的公金支出を特定して監査請求をするにして
も,情報公開制度を利用するについて客観的な障害があったというような事
情も窺えないから,当該公金が支出されたころ,監査請求をするに足りる程
度に当該行為の存在又は内容を知ることが可能となったというべきである。
したがって,被控訴人らが,平成7年5月2日から同年8月14日までに支
出された合計金4210万6400円に関して1年間の監査請求期間を徒過

したことについて,地方自治法242条2項但書所定の正当な理由があると

は認められず,被控訴人らの主張は採用できない。
 そうすると,被控訴人らが,控訴人知事が控訴人大田に対する不法行為に
基づく損害賠償請求権等の行使を怠っていることの違法確認を求める訴え及
び控訴人大田に対してする損害賠償代位請求のうち,平成7年5月2日から
−32−


 同年8月14日までに支出された合計金4210万6400円に関しては,
監査請求期間の徒過について,地方自治法242条2項但書所定の正当な理
 由が認められないから,適法な監査請求の前置を欠くことになり,不適法と
 いわなければならない。

3 監査請求後にされた支出に関する監査請求前置の要件充足について
 住民訴訟を提起するには,当該訴訟の請求と同一の事項について監査請求
 を経ていることが必要であるが,その請求が同一であるとして住民訴訟の対

 象となる範囲は,監査請求に係る行為若しくは事実から派生し,又はこれを
 前提として後続することが必然的に予測されるすべての行為若しくは事実に

 及ぶと解すべきである。                   

 本件においては,前記第2の前提事実(4)記載のとおり,被控訴人らが,本
 件事業が必要性を欠き,希少種の生息地を破壊するため文化財保護法等に反
 するから,県と本件事業の工事業者との契約は違法であるなどと主張して,
 平成8年度以降の工事の中止,工事請負契約の解約,平成7年度支出の1億
 4300万円の返還,既工事部分の原状回復等を知事に勧告することを求め
 る本件監査請求をしており,監査請求後の本件事業に関する工事代金支払等

 の公金支出は,本件監査請求の対象となった本件事業に関する工事や支出等

 から派生し,又はこれを前提として後続することが必然的に予測される行為

 といえるから,当該監査請求をもって,監査請求後になされた支出に関する
 損害賠償請求権不行使の違法確認及び損害賠償代位請求についても,監査請
 求前置の要件を満たしていると認めるのが相当である。

 控訴人らは,平成8年度及び平成9年度の支出について,監査請求がなさ
 れていないから,監査請求前置の要件を欠き不適法であると主張する。
 しかし,上記説示のとおり,監査請求の対象となった事業に関する工事や
 支出等から派生し又はこれを前提として後続することが必然的に予測される
 行為に関して,改めて監査請求前置を求める必要性が乏しいことは明らかで
−33−


 あるから,控訴人らの主張は採用できない。
4 訴え変更により追加された各請求の出訴期間の要件充足について
 前記第2の前提事実(5)記載のとおり,被控訴人らは,監査請求後になされ
 た県の公金支出に関し,訴えの追加的変更により,控訴人知事の損害賠償請
 求権不行使の違法確認及び控訴人大田に対する損害賠償代位請求を提起した

 ものである。

 訴えの追加的変更は,変更後の追加された新請求については,新たな訴え

 の提起に他ならないから,その新請求について出訴期間が遵守されているか

 否かは,原則として,訴えの変更時を基準とすべきものである。しかし,変

 更後の新請求と変更前の旧請求との間に訴訟物の同一性が認められる場合,

 又は両者の関係からして,出訴期間の遵守の点において,変更後の新請求に
 係る訴えを旧請求の提訴の時に提起したものと同視し得る特段の事情がある
 ときには,例外的に旧請求の訴えの時に新請求の訴えの提起があったものと
 みなすことにより,出訴期間の遵守に欠ける点がないと認めるのが相当であ

 る。

  これを本件についてみると,本件事業に関する公金支出の差止め及び既に
 なされた平成7年度支出分に関する損害賠償代位請求と,監査請求後になさ
 れた平成8年及び9年度支出分に関する損害賠償代位請求及びその不行使の
 違法確認とは,同じ違法主張を前提とするもので,その中心的な争点を共通
 とし,公金支出の事前差止請求と公金支出後の損害賠償代位請求等は,密接
 不可分の関係にあり,差止めを求められている公金が支出された場合,これ
 に関して損害賠償代位請求等がなされるであろうことは当然に予測されるも
 のといえる。また,被告についても,当初提訴の時から,控訴人知事と控訴
 人大田を相手方とするものであり,変更後の新請求においても,両名を被告
 としており,差止請求を維持しつつ,当初から提訴されていた損害賠償代位
                                                                                             l
 請求(附帯請求を含む。)の金額が変更され,これに伴う不行使の違法確認が
ー34−


  追加されたにすぎない。

   そうすると,本件においては,変更後の新請求に係る訴えを旧請求の訴え

  の提起の時になされたものと同視,出訴期間の遵守において欠けるところ

  がないと解すべき特段の事情があるものというべきである。

 5 住民訴訟の対象及び違法事由について

   控訴人らは,住民訴訟において問題とされる違法は専ら地方公共団体の財

  務会計の適正を図る観点からの違法であり,裁判所が,住民訴訟においてそ

  れ以外の観点から違法事由の有無を審理・判断することを地方自治法は予定

  していない旨主張して,被控訴人らが本件事業の違法性を問題としているこ

  とを,財務会計上の行為以外の原因行為の違法に該当するとして,住民訴訟

  として不適法であると主張する。

   しかし,本件訴訟において,被控訴人らは,本件支出負担行為等の財務会

  計上の行為が違法であると主張しているのであって,その前提として本件事
  業の違法を主張しているに過ぎず,本件事業における違法(関連する法令違
  反)自体が住民訴訟の対象となる違法行為に当たると主張しているわけでは

  ない。裁判所における審理・判断の対象も,本件支出負担行為等が財務会計
  上違法な行為であるか否かであって,本件事業における違法行為の有無及び
  内容は,それを前提として当該職員が財務会計法規上いかなる義務を負うか
  という観点から検討されるべき事柄であるから,これについて審理・判断す

  ることを地方自治法が予定していないということはできず,控訴人らの上記
  主張は採用することができない。
                                                               \
第6本案に関する争点に対する裁判所の判断
                                                                                                                】
                                                                 】
1証拠(甲1(枝番号を含む。以下同じ。)ないし7,甲9ないし32,甲3
  4ないし42,甲49,甲56ないし61,甲69ないし71,甲74ない

  し76,甲78,甲80,甲82,甲84,乙2,乙8ないし26,被控訴
 人玉城長正,証人新垣源一,平成12年9月29日実施の検証結果)及び弁
−35−


  論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)やんばる地域の自然環境
 国頭村は,沖縄本島の最北端、北緯26度,東経128度付近に位置し,
 東村,大宜味村と隣接しており,これら沖縄県北部地域の最北部三村,国
 頭村,東村,大宜味村にまたがる山岳地域を通称やんばる(山原)という。
 やんばるは,イタジイを主とする亜熱帯常緑広葉樹に覆われており,そ
 の土壌は国頭マージと呼ばれる赤土である。
 やんばるには,沖縄本島最高峰の与那覇岳(498メートル),西銘岳(4
 20メートル),伊湯岳(446メートル)などの大小幾多の山々が中央
 部を縦走して連なり,海岸近くまで丘陵地となっている。山々には無数の
 沢が流れ,大小の多くの河川となって海に注いでいるが,河川勾配が急峻
 で,流路面積が短い河川が多く,そのため渓流が複雑な地形を形作り,亜
 熱帯の渓流に特徴的な渓流植物群落が発達している。これらの植物は各々
 渓流により隔離され,固有種の分化が多い。
  やんばるの年間降雨量は,与那覇岳山頂付近では3000ミリメートル
 を超えるなどの多雨地域であり,大量の雨水をスポンジのように吸収して
 貯えるイタジイの自然林が,県民の水瓶生活用水の供給源として極めて
                                                                                            ■
  重要な機能を果たしてきた。
やんばるには,多くの固有種が分布生息しており、文化財保護法による
天然記念物,種の保存法・同法施行令17条所定の希少動植物、環境庁

編日本版レッドデータブック「日本の絶滅のおそれのある野生生物」掲載
の絶滅危慎種・危急種・希少種が多数見られ,やんばるは,その種の多様
性,希少性という点で国際的に有名であり,「東洋のガラパゴス」ともい
われている。やんばるにだけ生息する動植物は,現在判明しているものだ
けで192種に及び,これらの生物を育んできたのが,イタジイを主とす
る亜熱帯常緑広葉樹林である。イタジイの森は,そこに生息する生き物た
_36−



 ちを台風や冬の北風,潮風から守り,夏の強い日差しを和らげ,これら希

 少動植物の生息に最適な温暖湿潤で安定した環境を保つ役割を果たしてき

 た。

  やんばるの固有種の代表例といえるのは−@「ヤンバルクイナ」国指定

 天然記念物,種の保存法希少野生動植物種に指定され,絶滅危倶種である。
 世界中でやんばるのみに生息する。飛翔力のないこの鳥は,木立の密度が

 高く,樹冠が鬱閉し,林床にも植物が密に生息する沢や谷沿いに生息し,

 明るいところには稀にしか現れないといわれている。A「ノグチゲラ」国

 指定特別天然記念物,種の保存法の希少野生動植物種に指定され,絶滅危

 倶種である。世界中でやんばるの原生的自然林の中だけで生息する一属一

 種のキツツキで,営巣適木は樹齢50年以上のイタジイの大木や老木で,

 傾斜した部分(地表に対し60から75度)を巣として利用し,同じ巣は

 再度使用しないなど多くの条件がある。生息数がわずか90羽前後(19

 90年時点)と推定されており,個体群を維持できるかどうか危倶されて

 いる。B「ヤンパルテナガコガネ」国指定天然記念物,種の保存法の希少

 野生動植物種に指定され,絶滅危倶種である。日本最大の甲虫類で,やん

 ばるの自然林だけに生息し,学術上は「生きている化石」の一つとされて

 いる。幼虫は老木や古木のウロ(樹洞)の中の腐食土を食べて成長する。
 やんばるの開発に伴い、ウロのある古木が急速に失われている現在,絶滅
 が最も心配されている種である。C「オキナワトゲネズミ」やんばるのみ
 に生息する固有亜種で,学術的に貴重な動物とされている。国指定天然記

 念物,危急種。D「リュウキユウヤマガメ」やんばる,久米島,渡嘉敷島

 だけに生息する固有亜種。国指定天然記念物,危急種。E「ホントウアカ

 ヒゲ」沖縄本島と慶良問諸島に生息する固有亜種の留鳥。国指定天然記念

 物,種の保存法希少野生動植物種,危急種−である。
(2)広域基幹林道大国線
−37−


  広域基幹林道大国線(以下「大国林道」という。)は,国頭村字与那の県

 道2号線を起点として,大宜味村字大保の国道331号線に至る全体延長

 35.5キロメートルの林道であり,昭和52年度に着工し,総事業費4

 5億9000万円,17年の歳月をかけて,平成5年度に完成した。

  大国林道は,その開通式を平成6年5月18日に予定していたが,雨で

 土砂崩れが起こり,通行不能となったため延期され,平成7年3月30日

 に実施された。その3か月後である平成7年6月にも大雨のため27か所

 で土砂崩れが起こり,路肩がガードレールごと崩れ落ちるなどし,その修

 復費用が1億1000万円を超えるとの県の見解が発表された。

  大国林道開設後,リュウキユウヤマガメ等の小動物が,林道脇のU字溝

 に転落して脱出できないまま死亡するという例が報告されたり,大国林道
 で車にひかれて死んでいるヤンバルクイナのひなが発見されたことが新聞

 で報道されるなどした。

(3)本件林道開設の経緯

  平成3年6月11日,国頭村長が,県知事に対し,「大国林道区間延長に

 ついて(要請)」と題する書面(乙2)において,「本村の林道は,広域基
 幹林道と普通林道を組み合せた林道網整備計画に基づいて開設されている。
 林道は,林業の合理的な経営および森林の集約的な管理のための基幹施設

 であるばかりでなく,山村地域の生活道として,また,森林レクリエーシ
                          
 ヨン施設にも広く利用され,多面的に活用されている。林道を整備するこ

 とにより進行する本村の過疎化を防止し,林業者の定住化と林業の担い手
 の育成確保,沖縄北部広域圏の経済的社会的地位の向上を図る。」「北部地
 域の総合的な振興を図るために,国頭村字奥から名護市世富慶に至る中央
 山頂部を通過する林道の開設構想が打ち出された経緯もあり,大国林道は
 それの代替え施設でもあることから,ポスト大国として与那から奥までの

 区間の延長が重要であるため,早期に継続してもらいたい。」旨述べて,県
−38−


 により,大国林道の区間延長として本件林道を開設することを要請した。

  県では,平成3年11月26日,既に作成されていた平成元年4月1日
 から同11年3月.31日を計画期間とする沖縄北部地域森林計画書(甲1
 9)を変更し,始期を平成3年11月26日とし,終期を同11年3月3

1日とする沖縄北部地域森林計画変更計画書(甲25)で,林道の開設そ

 の他林産物の搬出に関する事項において,路線名を奥与那線,延長18.

 0キロメートル,利用区域面積1600ヘクタールとして,本件林道の開

 設を組み込んだ。また,始期を平成6年4月1日とし,終期を同16年3

 月31日とする沖縄県北部地域森林計画書(甲20)においては,本件林

 道に関し,延長14.2キロメートル,利用区域面積3152ヘクタール

 とし,備考欄に改築である旨記載された。

  その後,県は,本件林道開設の事業実施計画を策定し,国の補助金交付

 申請手続を行い,平成4年7月,本件事業に関し,林野庁長官通達(甲7
 8,「林道事業に係る自然環境保全対策について」)に基づく全体計画調査

 を,コンサルタントに委託して行うこととし,県農林水産部北部林業事務

 所事業課の新垣源一(同年4月同課配属,以下「新垣」という。)が,その

 調査業務の指導を担当し,平成5年2月,全体計画調査報告書(甲23)

 が作成された。

  県は,本件林道の予定路線について,この全体計画調査以外に,林業従
 事者の利用状況,一般者の利用状況及び予測調査,動植物の棲息環境に与

 える影響に関する調査等は行わなかった。

(4)全体計画調査報告書の内容

 ア 調査の目的

  「広域基幹林道奥与那線の整備計画にあたり,本路線が地域林業の活

  性化のみならず,沖縄本島北端沿岸に分散する国頭村各集落の交通網形

 成の一環としても重要な位置を占める路線であること,ならびに,路線
ー39−


 調査地を含む沖縄本島北部山岳地域が貴重な野生鳥獣の生息テリトリー

 や,植物の分布地として重要な地域であることに鑑み,この調査では,

 林道の開設が林業経営をはじめ地域社会に与える効果と,自然環境に対
                                                                 
 する影響及びその保全上留意すべき事項を明らかにする。また,以上の

 調査結果に基づき,計画路線の現地踏査と測点設定及び概略測量を行な

 い,調査区域を含む広域的な環境保全に配意した経済的でかつ林道規程

 ・林道技術指針等の諸規程に適合した整備計画を策定し,概略設計を行

 うものである。」

イ 調査地の概要

 「調査地は,沖縄本島北端の村である国頭村中央部の脊稜山地の北半

 分(照首山と西銘岳を結ぶ稜線)一帯を占め,行政区域は沖縄県国頭郡

 国頭村のみに属している。調査区域は,従来の全体計画調査事業の場合
 (開設事業の場合),当該路線の利用区域を指すのが一般的であるが,本
 調査の場合は全線既設道路を利用する計画であり,ルートラインがほぼ
 確定した状態であることから,計画路線の両側それぞれ500メートル
 程度をその範囲とした。なお,自然環境調査の内容に応じ,調査範囲を
 広げる必要もあるので,西銘岳周辺と辺野暮川流域は路線の西側200

 0メートル程度まで区域を広げた。区域面積は,2120ヘクタール(測

 定)である。調査区域は国頭村の基幹産業のひとつである林業及びその

 関連事業の資源地帯であるとともに,ヤンパルテナガコガネ,ノグチゲ
 ラをはじめとする貴重な野生鳥獣の生息テリトリー(西銘岳・佐手・伊

 部岳各鳥獣保護区とその周辺)を含んでおり,辺野暮ダム,宜名真ダム,
 普久川ダムの水源地帯としても重要な地域である。」

ウ 調査路線

 「調査路線は,県道2号線(与那安田横断線)の照首山南側を起点と

 し,ほぼ脊稜山地沿いに,照首山林道,我地佐手林道,楚洲林道、造林
−40−


 作業道,伊江林道,の各部分を利用連結し,さらに奥1号林道を全線当
 路線に編入して,稜線から奥川沿いに下り,国道58号線の奥の集落の
 南側に連結する(林道終点と国道の間に村道を介在する)総延長1万4
 235メートルの1級規格(全幅5メートル)の広域基幹林道である。

 なお,本路線は,前記のように全線既設道路(林道及び作業道)を改築
 利用する線形になっており,作業道の区間を除き,全幅4メートル(2

 級)から5メートル(1級)の拡幅改良,路側施設と法面改良,排水施
 設の改良,舗装等が主な整備内容で,線形改良は2級から1級への規格

 変更に伴う整備内容である。」

エ 土地利用・森林の概況

  「本村は村土の82.5パーセントが森林で占められている。(中略)

 森林は26.4パーセントが国有林,73.6パーセントが民有林であ

 り,国有林は米軍演習地になっている部分が多い。調査区域の照首山か

 ら北側へ向かう稜線の東側の普久川の上流域は,ほとんど米軍演習地に

 なっている。(中略)整備対象路線の利用区域は,利用区域図に示したと

 おりである。総面積は2955ヘクタールで,民有林が2517ヘクタ

 ール,国有林が438.5ヘクタールである。国有林は全域軍用地であ

 り一般的な森林施業はほとんど行われていない。従って,実質的な利用
 区域面積は2517ヘクタールと考えてよい。利用区域内の制限林は,

 水源かん養保安林が398.75ヘクタール(県有林57,58,59
 林班),土砂流出防備保安林が64.66ヘクタール,特別鳥獣保護区が

 60.40ヘクタールである。」

オ 地域の道路網

 「本村は半島の先端部に位置しているために,集落はすべて海岸沿い

 にある。各集落と村役場のある辺戸名とは,半島沿岸を周回する国道5
 8号線及び県道名護国頭で連絡されている。2本の道路は半島先端の集
−41−


 落奥で連絡しており,西岸側を国道58号線,東岸側を県道名護国頭線
 が走行している。また,半島を横断する一般公道には西岸側の与那と東

 岸側の安田を連絡する県道2号線(与那安田線)がある。村はこの県道

 を境に北半分と南半分に分かれるが,調査区域はこの県道与郡安田線と

 沿岸を走る国・県道に囲まれた北半分の中にある。国県道に囲まれた北

 半分の地域の中は林道が連絡系を形成しており,林業のみならず,農耕

 地への通いや海岸沿いの国県道の災害時の迂回路として利用されている。

 これらの林道は現在,未舗装のものが多く,勾配の急な区間では路面の

 荒廃している所もあるため,各集落からは舗装と改良に対する要望が多

 い。この北半分地域は横断線形の林道である我地佐手腺,伊江線によっ
 て,南北に3分されるが,両林道の間を連絡する道路が未完(古い造林
 作業道があるが,現在は利用不可能)である。この部分を整備して連絡

 系を形成すると,北半分地域の山岳地帯から与那にある森林組合の加工

 施設への連絡がスムースになる他,奥,伊江方面から県道与那安田線へ

 連絡する迂回路が形成される。」

カ 本件林道整備の目的

 「本路線が林道本来の木材の生産手段としてはたす役割以外に,国頭
 村北部の集落のロードネットワークの一部としても重要な機能を持って

 いることが明らかになった。また,森林施業の面でも,この区域のほと
 んどすべての林道が整備路線に接続した線形になっていることから,事
 業対象地と村内の各集落の連絡や事業地間の移動の枢軸として機能する

 ことが期待されている。ことに,今後,タワーヤーダをはじめとする様
 々な林業機械が利用されるようになると,集約性を高めるために事業地

 間でのオペレータや機械の移動が頻繁に発生することになり,本路線は
 そのための運搬路としても高度な機能をもとめられるようになる。国頭
 村では,県内随一の森林地帯というユニークな環境を求めて,外部から
−42−


 の入り込み者が増加しており,辺野暮ダム周辺に森林レクリエーション
 施設整備の計画を持っている。村ではさらにこの周辺エリアや調査区域

 内の豊かな自然に多くの人々がふれあえる機会を増やそうと考えており,

 本路線はそのような森林レクリエーションのためのアクセス道路として

 も機能することが期待されている。もともと,木材の生産手段としてそ

 れぞれ個別のポリシーによって開設された現状の本路線が,必ずしも上

 記のようなニーズに対応できるような状況でないことは既述したが,村

 の基幹施設のひとつとして機能してゆくためには,少なくとも大型車(消

 防車,救急車,小型バス等を含む)がスムーズに走行できるだけの幅員,

 路側施設の安全性,及び走行の快適性をそなえる必要がある。すなわち,

 現在,別々の路線として連結しているだけの本路線を,統一性のある規

 格(自動車道1級)で1本の幹線林道に改良し,林業関係者以外にも広

 く利用される山村道にすることが,本事業の目的である。」

キ 環境調査

  環境調査は,法的規制事項については,森林薄・林班区分図等を資料

  として,調査要領(林道必携設計編)に従って全部の項目について位置

 面積等を調べるほか,既存の資料を基本として,補足的に現地踏査を行

 うなどして,水系利用,地形・地質,気象,荒廃現況,動物・植物,森
 林現況,道路現況について調査をしており,下流域への土砂流出防止に

 留意した伐採方法を工夫することや,乾燥と風害により植物群落が浸食

 されることを避けるため,保全対象とする群落周辺では少なくとも50

 メートル以上現存の立木を残存させ,できるだけ面的に広がりのある状

 態で保存すべきことなどを指摘している。

  また,保全対象となる貴重な動植物についてリストアップし,調査区
 域内で生息が確認されている絶滅危慎種のヤンバルクイナ,ノグチゲラ,

 ヤンパルテナガコガネ,危急種のオキナワトゲネズミ,ケナガネズミ,
ー43−


 ホントウアカヒゲ,リュウキユウヤマガメ,イシカワガエル,ホルスト
 ガエル,アラモトサワガニ,オオサワガニ,クロイワゼミの12種が,
 いずれも深い森林をすみかにし,ノグチゲラ,ケナガネズミ,ヤンバル
 テナガコガネには大径木の存在が生息条件として必須であること,両生

 ・爬虫類の危急,希少種は深い森の中の沢の源流に生息するものが多い
 こと,ヤンバルクイナやノグチゲラが路線予定地周辺にも出没している
 ことを指摘している。そして,地上歩行をする小動物や,水辺に沿って

 移動する小動物にとって,トラフ型のコンクリート側溝,流路をしや断
 する形の盛土構造,連続するコンクリート構造物,長大な法面等の構造
 は,生息域を限定してしまう可能性が高いため,構造物に重点的な改良

 が必要であるとして,

 「@側溝はU型側溝をすべて撤去してL型にするか,有蓋とする。A集

 水ますには山側に地山に沿ったスロープを付ける。スロープの表面はコ

 ンクリートに自然石をうめ込む。B暗渠は地山に接して配置する。C横

 断溝を短間隔(100メートル内外)に配置して流水を一箇所に集めな

 い。(源流の保全)Dフトンカゴによる流未処理で水流を緩和する(源流

 の保全,浸食防止)。E地上歩行生物が計画路線を横断しそうな箇所への

 標識の設置(生物の交通事故防止)F自然に復しつつある法面(木木類

 の侵入が顕著な法面)には,できるだけ手を加えないような改築方法を

 とる。手を加えた法面は可能な限り緑化する。G路側のコンクリート構

 造物の切れ目を保全するような改築方法をとる。(現状以上に構造物を連

 続させない)」などの対策を挙げている。

ク 法的規制事項

 「調査区域内には,水源かん養保安林,土砂崩壊防備保安林,特別鳥

 獣保護区の3項目以外に法的な規制はない。水源かん養保安林は,辺野
 喜ダムの上流域一帯が指定を受けている。森林施業上,特に厳しい規制
−44−


 はないが,ダムの水質保全のためには,現在,稜線上を走行している水

 源かん養保安林内の路線を変更しない方が良い。土砂崩壊防備保安林は

 奥川流域に4箇所指定されている。この流域は,高位段丘面である標高

  150〜200メートルの台地の縁に支流の谷頭がつき上げているため

 に崩壊地が多く,奥川本流にも砂防えん提が施設されている。保安林内

 は全て禁伐措置がとられている。鳥獣保護区は,西銘岳鳥獣保護区,佐

 手鳥獣保護区,伊部岳鳥獣保護区の3箇所の指定がある。伊部岳鳥獣保

 護区を除く2箇所は,禁伐ないし択伐の施行指定がなされている。特に

 保護種の指定はなされていないが,いずれも,動物の項に述べたように,

 ヤンパルテナガコガネ,ノグチゲラ等貴重な生物の生息域となっており,

 生息域も限定されていることから,今後も区域内の森林が分断されるこ

 とのないような対策がとられる必要がある。」

ケ 路線整備推進上の留意事項

  路線整備推進上の留意事項として,地形に関し,中腹以下に路線を移
 動すると不経済有線形になるので,稜線部を走行している原道の位置は,
 できるだけ維持した線形をとる必要があること,地質に関し,幹線林道
 としての機能を維持するために全線舗装をすることになっているが,全
 般に浸食を受けやすい地質なので,路面排水施設を多めに設置し,地山
 や源流部への排出箇所では,フトンカゴ等で確実な流未処理を行う必要

 があり,切取法面には,硬質粘土状の岩体が出現する所が多く,植生が
 活着しにくいので,原道の大きな切取法面で自然に復しつつある所(植

 生がよく入っている所)はできるだけ手を加えない方が良いこと,植生
 に関し,保全状態の良い老齢天然林に接した区間では,現存の森林を大
 きく損なうような線形変更や道路構造の変更を避けることが望ましい(特
 に鳥獣保護区と国有林の周辺)こと,動物に関し,鳥獣保護区を分断す
 るような線形変更は行わないことのほか,上記構造物等に関する8項目
ー45−



の対策をとる必要があること,土地利用・水系利用に関し,ダムの水質
保全のために,たん水区域での路線変更は行わず,既設の水道施設が埋
設されている奥1号線の区間では水道施設の移設が必要であること,森
林レクリエーションに関し,本件林道の整備に伴って,外部からの入り

込み者が増えることが予想されるので,既存の残土処理跡地や余幅のあ

る区間には,路線整備に併せて駐車施設や休憩施設の整備も進めること

が望ましいことを指摘している。

コ 既設道路の概況と整備方針
 林道の規格を,自動車道1級とし,設計速度時速30キロメートル(や
むを得ない場合時速20キロメートル),車道幅員4メートル,路肩幅員
0.5メートルの全幅員5メートル,その他,曲線半径,縦断勾配,設
計荷重を設定し,既設道路の現況を基に,幅員確保や勾配修正のための
路面の切下げや盛土,側溝施設等について,路線の概略設計をしている。

 照首山林道は,幅員が4メートルであることから1メートルの拡幅を
し,中腹走行であるために降雨の影響を受けやすく路面が浸食されて走

行しにくい区間が多いことから,排水施設を設置し直すことなど,我地

佐手林道は,幅員が4メートルであることから1メートルの拡幅をし,

両性・爬虫類の貴重種が生息している可能性が高い地域であることから,

現状の環境を損なわないように改良すること,生息環境保全のために既

設置の浸食防止用トラフを改良すること,楚洲林道は,幅員4メートル

であることから1メートルの拡幅をし,我地佐手林道との分岐の取り合

わせを改良するためにカーブ設定を変更すること,造林作業道のA区間

は,幅員3メートルで,急勾配区間での路面浸食や路肩欠損のため自動

車の通行が不可能な未通区間があることから,拡幅,線形の修正,勾配

の修正等大幅な改良が必要であること,造林作業道のB区間は,幅員5

メートルで,路体構造には手を加える必要はないが,側溝はできるだけ
−46−


  蓋をすること,伊江林道は,幅員4メートルであり,一部5メートルの

  幅員を有して改良を必要としない区間もあるが,路面を切下げるなどし

  て幅員を確保すべきところもあること,奥1号林道は,幅員4メートル

  であることから1メートルの拡幅をし,渓流沿いの急斜面を走行してい
  る区間が80パーセントもあるが,法面が安定していることから,新た

  に手を加えるより路側の構造物を入れ替えて可能な限り川手側を拡幅す

  ること,渓流沿いに生息する生物の保全のためや路面浸食防止のために

  排水施設等を設置し直すことなどを指摘している。

(5)本件事業の工事施工

  県は,全体計画調査報告書に基づき,L型側溝,スロープ付き集水ます,

 有蓋側溝等を採用した側溝工,自然に復しつつある睦面の保全,法面保護

 工を採用した事業実施設計図書を作成し,平成5年6月ころから,本件事
 業の工事に着手した。

(6)特殊鳥類等生息環境調査

  県環境保健部自然保護課は,沖縄島北部地域(大宜味村の塩屋湾より東
 村平良湾にわたる地峡以北の地域)における特殊鳥類(ノグチゲラ,ヤン
 バルクイナ等,本地域のみに生息する鳥類)等の貴重な野生生物の保護増
 殖を図るための方策を検討し,その基礎的な資料を得ることを自的として,
 昭和63年度から平成3年度まで調査班による調査をし,平成5年3月,
 その報告書として,「特殊鳥類等生息環境調査Y」(甲41,76)が作成
 された。

  同書面においては,「北部山地は,沖縄島の原生的自然の姿が比較的によ
 く残っており,島嶼生態系の安定性に寄与しているところが大きい。また,
 豊かな情緒,精神文化,伝統文化を育てる基盤ともなっている。更に,自
 然との触れあいを通して,自然の仕組みの精妙さを学び,生命の尊さを感
 得する場としても貴重な存在である。しかし,近年この北部山地は森林皆
−47−


 伐,林道,畜産団地,ダム建設などの開発によって,野生動植物の種族の

 維持さえ危ぶまれている。」と指摘されている。

  また,鳥獣保護区が5地区,西銘岳地区に75ヘクタール,佐手地区に

120ヘクタール,伊部岳地区に224ヘクタール,与那覇岳地区に66

 2ヘクタール,安波岳地区に470ヘクタールの合計1551ヘクタール,

 うち特別保護地区が,西銘岳地区に30ヘクタール,佐手地区に58ヘク

 タール,伊部岳地区に224ヘクタール,与那覇岳地区に23ヘクタール

 の合計335ヘクタール設定されているが,各地区が散在し,開発が規制

 される特別保護地区の面積が小さく4区に分離しているという問題点を指
 摘し,ノグチゲラの絶滅を防止するには,その生息地となっている林齢4
 0年以上のイタジイ自然林の広がる,西銘岳から照首山,与那覇岳,玉辻

 山へと続く沖縄島北部の脊梁山系全域を連続した鳥獣保護区と特別保護地

 区として拡大設定すべきであると提案されている。

(7)本件林道及び付近の状況について

 ア 既設の旧林道との関係

   本件林道は,県道2号線の照首山南側を起点とし,起点から約145
  0メートル地点までが旧照首山林道,それに連続して約5675メート
 ル地点までの約4225メートルが旧我地佐手林道の一部,それに連続
  して約6015メートル地点までの約340メートルが旧楚洲林道の一

  部,それに連続して約7515メートル地点までの約1500メートル

  が旧造林作業道A区間,それに連続して約8065メートル地点までの

  約550メートルが旧造林作業道B区間,それに連続して約8995メ

  ートル地点までの約930メートルが旧伊江林道の一部,それに連続し

  て終点までの約5240メートルが旧奥1号林道に該当する。

 イ 制限林との関係

  本件林道の起点の西側には,佐手鳥獣保護区及び特別保護区(原判決
一48−


添付別紙図面〔以下,単に「別紙図面」という。〕@及びA)が広がって

おり,起点から旧造林作業道に至る地点までの東側一帯は国有林で,米

軍に提供されて演習場として利用されており,その中に伊部岳鳥獣保護

区(別紙図面B)が位置している。

 旧照首山林道から旧我地佐手林道に入る付近(別紙図面A地点)から

旧伊江林道に至るまでの西側一帯には,水源かん養保安林(別紙図面C,

流域保全上重要な地域にある森林の河川流量調節機能を高度に保ち,そ

の他森林の機能と相まって,洪水,渇水を防止し,又は各種用水を確保

するという目的のために指定される保安林のこと。通常,重要河川その
他の水害頻度の高い河川の上流水源地帯において,地形,地質,気象又
は従来の森林の取扱い慣習等を考慮して,奥地上流から指定されるもの
である。)が広がり,本件林道は,3箇所にわたり(別紙図面A地点から
B地点まで約750メートル,同C地点からD地点まで約3000メー

トル,同E地点からF地点まで約600メートル),上記水源かん養保安
林を通過している。

 旧伊江林道以北の地帯には,西側に西銘岳鳥獣保護区及び特別地区(別
紙図面D及びE)がある。
 旧伊江林道及び旧奥1号林道付近一帯に,土砂流出防備保安林(材木
及び地表植生その他の地被物の直接間接の作用によって,表土の流出及
び林地の崩壊を防止する目的のために指定された保安林のこと。主とし
て,はげ山,崩壊地等を含み土砂流出が著しく,下流地帯に重要な保全
対象を有する地域に指定されるものである。)が存在するかについては争

いがあるので後に検討することとして,本件林道は,別紙図面G地点か
らH地点まで約1000メートル,同T地点からJ地点まで約450メ

ートルの2箇所において,被控訴人らが土砂流出防備保安林(別紙図面
FないしR)であると主張する部分を通過し,同K地点から同P地点ま
−49−


で約800メートル,同Q地点から同R地点まで約400メートルの2

箇所において,土砂崩壊防備保安林(別紙図面J,主として材木の根系

の物理的作用によって崩壊の発生を防止し,家屋,耕地,道路等を直接

に保護する目的のために指定される保安林のこと。直接の被保護物が明

確であって,土砂の崩壊のおそれのある地盤不安定な箇所に指定される

ものである。)を通過している。

 そこで,土砂流出防備保安林が存在するか否かについて,検討する。
 全体計画調査報告書の作成に関わった証人新垣によれば,全体計画調
査の保安林に関する調査は,沖縄北部地域森林計画図(報告書の作成時
期からして平成元年作成にかかる計画図であると思われる。)を基にした

と認められるところ,平成5年作成の沖縄北部地域森林計画図(甲38)

によれば,別紙図面FないしIの位置には土砂流出防備保安林が記載さ

れているが,別紙図面Kの位置には土砂崩壊防備保安林が記載されてい

ないと認められるから,同計画図による限りは,土砂流出防備保安林は
別紙図面FないしSの位置に存在したということになる。そして,地域
森林計画は,都道府県知事が,森林法5条1項に基づき定めるものであ

り,水源のかん養や土砂の流出防備等森林の公益的機能の観点から各種
の規制がなされる保安林の存在,位置,範囲は,森林計画の重要な前提
事項となるものである(同条2項7号)から,保安林に関する調査は慎
重かつ十分な検討を経てなされているはずであると考えられる。
 他方,保安林については,都道府県知事は,保安林台帳を調製し,こ
れを保管しなければならないとされている(森林法39条の2)ところ,
控訴人らは,本件において保安林の存否及び位置が問題となった当初か
ら,前記平成5年作成の沖縄北部地域森林計画図の記載に反して,別紙
図面FないしIの位置の土砂流出防備保安林は保安林台帳に記載がなく,
別紙図面Jの位置の土砂崩壊防備保安林は保安林台帳に記載があると一
−50−


貫して主張している。そして,被控訴人らは,当裁判所による文書提出
命令発令後の平成13年3月1日付け控訴人ら準備書面の記載を踏まえ

て,第12回準備的口頭弁論期日と第13回準備的口頭弁論期日の間に,
控訴人側から任意の開示を受けて,国頭村の保安林台帳全体を閲覧した

わけであるが,その後被控訴人らから,別紙図面FないしSの位置の土

砂流出防備保安林を記載した保安林台帳が存在する旨の主張は何らされ

ていないから,被控訴人らが開示を受けた時点においては,保安林台帳

の記載は控訴人ら主張のとおりであったと推課される。また,控訴人ら

は,5年ごとに行われる平成10年度の沖縄北部地域森林計画の見直し

の際に,平成5年作成の同森林計画図を前記保安林台帳の記載に沿った

ものに訂正したとする(控訴人らの平成13年5月7日付け準備書面の

別紙図面2)が,県農林水産部林務課が毎年作成する「沖縄の林業」の

市町村別・民有保安林現況表における国頭村の土砂流出防備保安林の面

積は,昭和61年版から平成13年度版まで,沖縄北部地域森林計画図

の前記訂正の前後を通じ一貫して202ヘクタールとされており,その

記載に変動が見られない(乙10ないし26)。保安林台帳の内容は,そ

の性質上容易に変更されるものではないと考えられることに加え,地域

森林計画図の内容が変更されたにもかかわらず,「沖縄の林業」の市町村
別・民有保安林現況表における土砂流出防備保安林の面積に変動が見ら

れないなどの事情を併せ考慮すると,保安林台帳の記載は,昭和61年
以降は,控訴人ら主張のとおりの内容であったものと推課される。

 このように,本件においては,保安林台帳の記載と沖縄北部森林計画
図の記載が相違しているわけであるが,@保安林台帳は保安林について
法律上調製を義務付けられた台帳であり,保安林について最も直接的な
資料ということができること,A上記平成5年作成の沖縄北部地域森林
計画図には,保安林台帳に記載されている別紙図面Jの土砂崩壊防備保
−51−


安林が記載されていないという明白な誤りがあり,その内容の信頼性に

疑問があることからして,保安林台帳の記載を重視するのが相当である。

 これに対し被控訴人らは,保安林台帳の記載が存在しないにもかかわ

らず,上記沖縄北部地域森林計画図において別紙FないしSのように保

安林の存在及び位置を明確に記載するという誤りが生じるとは考え難い

と主張する。この点に関し,控訴人らは,誤記載の理由として,平成5

年度作成のものと同一内容と思われる平成元年度作成の沖縄北部地域森

林計画図は,沖縄県の本土復帰による琉球森林法から現行の森林法への

移行に伴う混乱が原因で,同森林計画図には指定のない土砂流出防備保

安林が誤って記載されたと思われると述べており,これを裏付ける的確
な証拠はないものではあるが,上記のとおり,沖縄北部地域森林計画図
には,保安林台帳には記載されている別紙図面Jの土砂崩壊防備保安林
が記載されていないという明白な誤りがあることからすれば,上記沖縄
北部地域森林計画図の作成に際して,誤って保安林台帳以外の資料に依

拠した可能性も否定できず,結局,被控訴人らの上記主張は採用できな

い。

 また,被控訴人らは,控訴人らの主張によれば上記沖縄北部地域森林

計画図及び全体計画調査報告書の保安林の記載の誤りについて平成5年
4月ころに気付いたにもかかわらず,全体計画調査報告書の訂正をせず,
沖縄北部地域森林計画図も平成10年まで訂正することをしておらず,
さらに,平成9年4月1日時点の民有林道台帳(甲26,甲37)にお
いても,利用区域内の森林資源のうち法令に基づく制限等の区分及び面
積として,土砂流出防備保安林が64.66ヘクタールあると記載され

ており,これらからすれば,県は,長年の間,誤りを放置していたこと
になるが,このようなことは林務行政上考え難いことであると主張する。

しかし,上記のとおり,県は,別紙図面Jに存在することが明らかな土
−52−


  砂崩壊防備保安林について,全体計画調査報告書の訂正をせず,沖縄北

  部地域森林計画図も平成10年の見直しの際まで訂正することをしてお

  らず,さらに,上記民有林道台帳においても存在を記載していなかった
  のであって,この点では実際に誤りを放置し続けていたものと認められ

  るから,別紙図面FないしIの土砂流出防備保安林の記載についても同
  様であったとしても必ずしも不自然ではない。このような県の対応は,

  保安林の適正な管理及び住民への適切な情報開示という観点からすると

  極めてずさんといわざるを得ないが,このような管理等のずさんさが保

  安林の客観的な存否に影響を及ぼすものではない。

   以上よりすれば,全体計画調査報告書添付の規制区域区分図に図示さ

  れた記載FないしSの土砂流出防備保安林が実際に存在していたとする

  被控訴人らの主張を認めることはできないものというべきである。

  ウ 平成12年9月29日(検証日)の状況

   平成12年9月29日の検証実施時,本件林道及びその付近において,

  法面の土砂等が崩壊した箇所(検証調書図面番号2−1,同写真番号5

   6,93,94),路肩が崩壊している箇所(同写真番号63,65ない

   し72,80ないし82,84ないし87,89,92)土捨て場が残

  っている箇所(同図面番号6−1,6−2,6−3),路面に亀裂が生じ
  ている箇所(同写真番号18,96)があり,旧造林作業道に該当する
  辺りでは,本件林道が,曲線,勾配等の関係で旧道と異なる線形をとっ
  ているため,本件林道と離れて旧林道が残っていることが確認された(同

  図面番号8−1,8−2)。

2 争点1(本件支出負担行為等が地方財政法に違反して違法か,否か。)につ

 いて

 被控訴人らは,国頭村における林業人口が1.5パーセントにすぎず,木
 材供給量は減少の一途にあり,木材関連産業も減少,素材生産量も減少して
ー53−


いる状況において,広域基幹林道を整備する必要性はなかった旨主張する。
 確かに,国頭村における林業の状況については,国頭村森林組合長である
証人大嶺進一の証言などによっでも,森林の伐採量が減少し,林業生産品高
も減少傾向にあり,収益としては助成事業である造林事業による補助金が最

大を占めていることなどが認められ,被控訴人らが指摘するような状況が窺

われる。また,国頭村から知事に対する本件林道開設の要請の文書(乙2)
では,林道の機能として,山村地域の生活道や森林レクリエーション施設と
しての活用が指摘され,林道整備の目的として,林業育成の観点に加え,国

頭村の過疎化防止,沖縄北部広域圏の経済的社会的地位の向上等が指摘され
ていること,全体計画調査報告書における本件林道整備の目的の記載内容,

証人新垣が,本件林道は地元からの要請であり,路網ネットワークの観点か
ら幹線が必要であると考えていたと述べていることなどからしても,既設林
道を広域基幹林道として整備する理由が,その道路網としての機能に大きく

比重をおいていることが窺われる。

 さらに,本件事業計画の一方では,時期をほぼ同じくして,県において,

沖縄島北部地域におけるノグチゲラ,ヤンバルクイナ等の貴重な野生生物の

保護増殖を図る方策を検討するための調査を行い,森林皆伐,林道,畜産団

地,ダム建設などの開発により野生動植物の種族の維持が危ぶまれていると

して,西銘岳から照首山,与那覇岳,玉辻山と続く沖縄島北部の脊梁山系全

域を連続した鳥獣保護区及び特別保護地区として拡大設定し,開発規制すべ

きであると提案する報告書(甲41,76)が作成されるなど,やんばる地

域の貴重な野生動植物の保護の在り方が検討されていることも認められる。

 ところで,普通地方公共団体は,その事務を処理するに当たっては,最少
の経費で最大の効果を上げるようにしなければならず(地方自治法2条14

項),地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要かつ最少の限度

を超えて支出してはならないとされている(地方財政法4条1項)から,こ
−54−


 れら規定に抵触する経費の支出は違法と評価され得るものである。しかしな

 がら,経費の支出において,目的に従った最大効果を達成するために何をも

 って必要かつ最少の限度というべきかは,当該事務ないし事業の目的,当該

 経費の額,経済状況等の諸事情の下において,社会通念に従って決定される

 べきものであるから,第一次的には,予算の執行権限を有する財務会計職員

 の社会的,政策的又は経済的見地からする裁量に委ねられていると解するの

 が相当であり,具体的な支出が,当該事務ないし事業の目的,効果との均衡
 を著しく欠き,予算の執行権限を有する財務会計職員に与えられた前記裁量

 を逸脱してされたものと認められるときに限り,違法になるものというべき

 である。

  しかるところ,証人大嶺進一の証言によると,既設林道が未舗装・管理不
 全であることが林業施業の効率化を妨げる要因となっていたことは否定でき
 ず,国頭村から本件事業実施の要請を受けたことも併せ考えれば,控訴人ら
 が,本件林道の整備事業が林業の合理的経営等に資するものであって,生活
 道や森林レクリエーション施設としての活用の観点も含めて,その必要性が
 あるとした判断が著しく不合理であったとまでいうことはできず,被控訴人
 らが主張する自然環境保護等の必要性や本件事業に起因する法面や路肩の崩
 壊等による維持修繕費用の支出の点を考慮しても,本件事業が必要性や経済
 的合理性を著しく欠き,そのための経費の支出が事業の目的,効果との間の
                
 均衡を著しく欠くとまでは認められない。
 したがって、本件事業のための公金支出が,地方財政法4条1項に違反し
 て違法ということはできず,また,同法2条1項,3条1項及び8条に違反
 するともいえない。

3 争点2(本件事業における法令違反〔違法〕の有無及び内容)について
(1)林業基本法違反の主張について
  被控訴人らは,林業基本法3条2項及び4条2項から,環境影響調査や,
−55−

 費用対効果分析,林業施策についての総合的なアセスメント等の実施が要
 求されており,本件事業においては,その実施及び検討を欠き,自然的経
 済的社会的条件を欠いているとして,本件事業の違法を主張する。
  しかし,同法は,基本法という名称の示すとおり,一般的な指針を定め
 たものにすぎず,同条項が,被控訴人らの主張するような環境影響評価調
 査や費用対効果分析,総合的なアセスメントを実施することなどの具体的
 行為を義務付けているとはいえないから,被控訴人らの主張は採用できな

 い。

(2)森林法違反の主張について

 ア 林地開発許可制度について

   森林法10条の2第1項但書1号において,同条項本文が定める開発

  行為の許可制度は,国又は地方公共団体が行う場合については適用がな

  いことが明らかであるから,県が施行主体である本件事業が同条項違反

  であるとする被控訴人らの主張は,独自の見解を述べるにすぎず,これ

  を採用することはできない。

 イ 保安林の解除手続について

  伊)本件林道が,別紙図面Cの水源かん養保安林及び同Jの土砂

   崩壊防備保安林内を通過していることは争いがなく,同FないしSの

   土砂流出防備保安林が存在すると認められないことは前記のとおりで
   ある。そして,本件林道が上記保安林内を通過する具体的な各区域は,
   上記認定のとおり,水源かん養保安林(別紙図面E)を別紙図面A地

   点からB地点まで約750メートル,C地点からD地点まで約300

   0メートル,E地点からF地点まで約600メートル,土砂崩壊防備
   保安林(別紙図面J)をK地点からP地点まで約800メートル,Q
   地点からR地点まで約400メートルであるところ,各区域において,
   本件林道開設による幅員拡幅等のために立木伐採等をする工事がなさ
ー56・


 れ,その工事に際して,保安林解除の手続がなされていないことも争

 いがない。そして,上記保安林内の各区域において,具体的にどのよ
 うな工事が行われたかは必ずしも明らかではないが,本件林道の開設
 事業は,基本的には既設林道の線形を利用しながら,ほぼ全区域にお

 いて幅員を拡幅し,アスファルト舗装をするものであったことが認め

 られる。

(イ)そこで,本件林道の開設につき保安林解除手続が必要であったか否
 かについて検討する。

 A 森林法は,水源のかん養,土砂の流出の防備その他同法25条1
 項各号に掲げる公共の目的を達成するために必要があるときに,農

  林水産大臣又は都道府県知事が森林を保安林として指定することが

  できると規定し(同法25条,25条の2)。保安林として指定され
  ると,当該森林は,水源のかん養,災害防止等の公益的機能を優先

  的な目的とすることになるため,その機能を発揮させて公共の目的

  を達成するため,森林所有者等による当該森林の利用に規制が加え

  られることとなる。

   森林法は,保安林による上記のような公益的機能の発揮と保安林
  における適切な施業との調整を図るため,保安林において立木の伐
  採を行おうとする場合(同法34条1項)や,それ以外の土地の形

  質を変更する行為等を行おうとする場合(同条2項)には,原則と

  して,あらかじめ都道府県知事の許可を受けなければならないこと

  としている。そして,同条1項の許可の申請があった場合には,都
  道府県知事は,その申請に係る伐採の方牡が当該保安林に係る指定

  施業要件に適合するものであるなど一定の条件を満たしているとき

  はこれを許可しなければならず(同条3項),同条2項の許可の申請

  があった場合には,その申請に係る行為がその保安林の指定の目的
−57−


 の達成に支障を及ぼすと認められる場合を除き,これを許可しなけ

 ればならないとされる(同条5項)。

 他方で,森林法は,農林水産大臣又は都道府県知事は,保安林の
 指定の理由が消滅したときは,遅滞なくその部分につき保安林の指

 定を解除しなければならず(同法26条1項及び26条の2第1項),

 また,公益上の理由により必要が生じたときは,その部分につき保

 安林の指定を解除することができると規定する(同法26条2項及

 び26条の2)。これらの規定は,当該森林を保安林として指定すべ

 き公益上の必要性が消滅した場合には遅滞なくその指定を解除する

 義務を負うこと,及び,当該森林を保安林として存続させてその機

 能を発揮させる公益上の必要性と保安林としての利用を止めて他に

 転用することによる公益上の必要性とを比較考量した結果,後者の

 方がより大きいと判断される場合に,保安林の機能によって保持さ

 れる公益を犠牲にしても保安林の指定を解除することができること

 を規定した趣旨と解される。

B 実務の運用上の指針とされる林野庁長官通達及び同庁治山課長通

 達の推移に関して,後掲各証拠によれば以下の事実が認められる。

 昭和45年当時は,道路の開設又は拡幅をする場合は,当該行為

 の期間が短期間(概ね2年以内)であって当該行為の終了後は確実

 に森林に復旧する場合等を除き,原則として作業許可の対象としな

 いこととしていた(乙80)。

  しかし,その後の経済社会の発展に伴い,森林に対する国民の要

 請が多様化・高度化する一方で,森林の有する災害防止機能等の維

 持が強く求められるようになってきたとの認識を背景に,林野庁長

 官の諮問を受けて森林保全・利用問題検討会が発足した。同検討会

 の報告書では,作業許可の適否判定の基準が必ずしも明確でないこ
−58−


とが指摘されると共に,保安林解除の申請事案の中には,解除によ

る開発転用よりも,当該保安林の機能を確保しつつ作業許可による

森林状態での利用の確保を図ることが望ましいものもみられること

などが指摘された(乙82)。これを踏まえて通達が改正され,新た

に別表「保安林の土地の形質の変更行為の許可基準」が設けられて,
その中で,専ら森林の施業・管麺の要に供するいわゆる施業路(林

道・作業道)についても作業許可の対象とされた。これに伴って林

野庁治山課長から都道府県林務担当部長宛てに出された通達(乙8

3。以下「92・1号長官通達」という。)において,作業許可の対象

となる施業路について,採択要件及び規格,構造等からして森林の

施業,管理の用に供することが明らかな林道,作業道とされ,当該
保安林の現況,指定施業要件の内容,受益の対象との関係等からし
て指定の目的の達成に支障を及ぼさないものであって,水の処理,
法面の保護等の保全措置,施設の管理棟が適正に実施されると認め

られる場合に行うもの(上記通達別紙の3(2))とされた。

 さらに,その後の検討により,保安林の指定面積が平成5年度末
時点で840万ヘクタールに及び国内の森林面積の3割,国士面積
の2割に達する一方,保安林解除の件数も年間2000件程度に上

っていたこと,保安林解除の事案の多くを占める点的,線的な規模

の小さな施設の設置については,これを許したとしても保安林の指
定の目的の達成に支障を及ぼすおそれは少ないため,作業許可の対
象として都道府県知事の許可権限に委ねることが適当なものが多い
と考えられると,保安林の指定に伴う立木の伐採規制等の私権に対

する規制は必要最小限のものであるべきと考えられることなどを理

由として,また,平成7年3月31日に閣議決定された「規制緩和
推進計画」において,土地利用に係る規制緩和措置の一つとして,
−59−


  これまで保安林の解除処分により対処していた施設の設置等のうち

 点的,線的なものについては作業許可で対応できるよう見直しを行
  うこととされたことを受けて,林野庁長官の諮問機関である,作業

 許可の基準の改正法口頭に関する保安林に関する技術問題研究会の

 答申(乙87)に基づき,921号長官通達の一部が改正された(本

 件通達)。上記答申は,林道について,森林管理の推進の重要性の高

 まり,大型機械による森林施業の実施,林道施工管理技術の向上な
 ど森林及び林業を巡る当時の状況等を踏まえ,適切な維持・管理に
 よる保安林の機能の向上を図っていくためには,従来の運用を一部

 変更して,起点・終点が公道に接続する林道や高規格の林道につい

 ても作業許可の対象とすることが適当であって,車道幅員が4メー
 トル以下のものについては,保安林の機能に及ぼす影響が少ないこ

  とから,作業許可の対象とすることが適当であると指摘していた。

 これを踏まえて921号長官通達を改正した平成7年10月31日

 付け本件通達(乙84)及び同日発せられた諸通達(乙88,89。

 以下,本件通達と併せて「本件通達等」という。)は,林道の開設に

 ついて,車道幅員が4メートル以下であって,森林の施業・管理に

 供するため周囲の森林と一体として管理することが適当と認められ

 る場合に作業許可の対象とするものとし,一方で,作業許可の対象

 となる行為であっても,当該保安林の指定の目的,指定施業要件,
 現況等からみて保安機能の維持に支障を及ぼすおそれがある一定の
 場合には,画一的に許可を行うことは適当ではなく慎重に判断する

 よう規定している(乙89の別紙の3(5))。

C 上記Aに説示したような保安林指定の趣旨及びこれに関する森林法

 の諸規定の内容等に照らせば,保安林内においてある行為を行うに当

 たり,保安林の解除手続が必要か否かは,当該行為の結果,保安林指
−60−


定の目的とされた公益的機能が失われるか否かを基準として判断すべ

きである。なぜなら,当該行為の結果,一定範囲において立木を伐採
したり土地の形質が変更されたとしても,線状に一定規模以下の林道
を設置する場合のように,それが当該保安林全体からみてごく一部に
過ぎず,しかも,その目的が保安林としての森林の育成,保護・管理
のために設けられるものであるような場合には,当該保安林を全体と

してみれば,その公益上の必要性が消滅するわけでも他の目的に転用
されるわけでもなく,依然として保安林としての公益的機能を発揮す

ることが予定されているといえるのであって,このような場合にまで
一律に,当該林道部分のみを取り出してこの部分について線状に保安

林の解除が必要であると解することは,当該森林全体を保安林と指定
してその公益的機能を発揮させようとした森林法の趣旨に照らしても

実益に乏しく,林道部分のみを線状に保安林から除外するよりはむし
ろ,保安林の公益的機能を適切に維持していくために当該林道と周囲

の森林とを一体として管理していくことが適当と考えられるからであ

る。もっとも,林道等の線状施設であっても,その規模等によっては,

定型的に保安林全体としての公益的機能に影響を及ぼすと考えられる

場合があり,そのような大規模な施設の設置については作業許可の対
象にはならず当該設置部分について保安林指定の解除を要するものと
解すべきであるが,どの程度の規模・内容の施設であれば作業許可の

対象とならず保安林指定の解除手続を要するかは,社会における森林

の利用態様をも踏まえつつ,当該施設の設置が定型的に森林法が目的

とする保安林としての公益的機能を害するものであるか否かによって

決すべきである。このような観点からみると,本件通達等及びこれに
基づく実務の痙用は,上記と同旨の見解に基づき,車道幅員4メート
ル以下の林道であって,森林の施業・管理に供するため周囲の森林と
−61−


 一体として管理することが適当と認められる場合については,原則と

 して保安林指定の解除手続によることなく作業許可の対象となるとす

 るものであって,このような取扱いは,森林法の趣旨に照らし,十分

 に合理性を有するものということができる。

D これを本件についてみるに,本件林道の開設にあたっては,生活道

 や森林レクリエーション施設としての活用という観点からもその効用

 が強調されていたことは上記2に認定したとおりであるけれども,他

  方,本件林道の開設以前に存在した既設林道が未舗装・管理不全であ
 ることが林業施業の効率化を妨げる要因となっており,そのため国頭
 村から本件事業実施の要請を受けたこともまた上記2に認定したとお

 りである。このことからすれば,本件林道の開設は森林の施業・管理

 に必要なものであって,森林の施業・管理に供するため周囲の森林と
 一体として管理することが適当なものであると認められる。もっとも,
 保安林区域の一部には,指定施業要件として「禁伐」とされている区
 域が存在することは先に認定したとおりであるけれども,このことは,
 作業許可等を与えるか否かにづいて慎重な判断を要するものであると

 いうことはできても,「禁伐」とされている区域があることから直ちに,
 本件林道の開設が作業許可等の対象となり得ないとか,本件林道につ
 いて作業許可等が得られたはずがないということはできないし,他に,
 本件林道についてそもそも作業許可等を得ることができなかったであ
 ろうというような事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,本
 件林道の開設について,本件林道の設置工事については,県知事によ
 る作業許可の対象となるものであって保安林指定解除の手続は必要で

 はないと解すべきである。

  したがって,本件林道開設にあたって保安林指定解除の手続をとら
 なかったことが違法であるとの被控訴人らの主張は,採用することが
−62_


   できない。

 ウ 作業許可等について

   本件林道開設に当たって森林法34条1項及び2項に規定する作業許

  可等の手続を経ていないことは,控訴人らも認めるところであって,こ

  れが森林法に違反する違法な行為であることは明らかである。

(3)沖縄県環境影響評価規程違反の主張について

  県の沖縄県環境影響評価規程(甲12別表第1の1)において,県内に
 おける林道の場合,環境影響評価の対象事業となるのは,車道幅員4メー
 トル以上で延長2キロメートル以上の規模の広域基幹林道の新設とされて

 いる。そして,控訴人らは,本件林道の開設事業が,林道全線の新設では
 なく既設林道の拡幅・改良であり,一部に新しく開設した部分もあるが,

 2キロメートル以内の範囲のものであるから,環境影響評価の対象事業と

 ならないと主張する。そこで検討するに,前記認定のとおり,本件事業は,
 既設林道を前提とした拡幅・改良を主体としたものであると認められ,一
 部に新しく開設した部分(旧造林作業道A区間)もあるものの,その延長

 区間が2キロメートル以上であると認めることはできないことからすると,

 控訴人らの主張は,同規程の解釈として合理的範囲のものであるといえ,
 本件事業の自然環境に対する影響及びその保全上留意すべき事項を明らか

 にする目的で全体計画調査を行い,かつ,それに基づいた工法等を採用し
 てなされたことなどをも考慮すると,本件事業に際して,環境影響評価を
 行わなかったことが同規程に反するとまではいうことはできず,この点を
 もって本件事業の違法をいう被控訴人らの主張は採用できない。

(4)文化財保護法違反の主張について

  被控訴人らは,本件事業がやんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼす
 として,文化財保護法80条1項により,天然記念物の保存に影響を及ぼ
 す行為をしようとするときは,文化庁長官の許可を受けなければならない
−63−


 のに,その許可を受けていないとして,本件事業の同法違反を主張する。

   しかし,同条項但書において,保存に影響を及ぼす行為であっても,そ

 の影響が軽微である場合には許可を要しないとされているところ,本件事

 業が,既設林道の存在を前提としたものであり,工事の具体的内容として,

 例えば,小動物の落下対策のため,できるだけL型側溝,有蓋側溝,スロ

 ープ付き集水ますを採用するなど,天然記念物の保存に配慮した工法を採

 用していることからして,その事業実施に際し,文化庁長官の許可を得な

 ければ違法となるほどに,やんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼすも
 のということはできず,被控訴人らの主張は採用し得ない。
(5)種の保存法違反の主張について

  被控訴人らは,本件事業が国内希少野生動植物種の生きている個体の捕

 獲等(捕獲,採取,殺傷又は損傷)をしようとするときに該当するとして,
 種の保存法54条2項により,環境庁長官に協議しその同意を得なければ

 ならないのに,その同意を得ていないとして,本件事業の同法違反を主張
 するが,本件林道開設事業が,生きている個体の捕獲等をしようとすると
 きに該当するとはいえないことは明らかであるから,被控訴人らの主張は
 採用し得ない。

4 争点3(本件事業における法令違反〔違法〕によって本件支出負担行為等
 が財務会計上違法となるか,否か。)について

(1)本件事業の実施に際し,保安林区域内に本件林道を設置するに当たって

 は,立木の伐採及び土地の形質の変更について県知事による作業許可等を

 得る必要があったところ,これを得ないまま本件林道設置工事が行われた

 こと,これが森林法34条1項及び2項に違反する違法な行為であること

 は,上記3に認定判断したとおりである。
(2)しかしながら,地方自治法242条の2に規定する住民訴訟制度は,普
 通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会
−64−


 計上の行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住

 民全体の利益を害するものであるところから,これを防止するため,地方

 自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正

 を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保

 することを目的とした制度であって,地方行政一般の非違を対象とするも

 のではないから,同条に基づいて普通地方公共団体の職員に損害賠償を請

 求することができるのは,当該職員の財務会計上の行為が財務会計法規上

 の義務に違反する違法な行為である場合に限られるものである。本件にお

 いては,違法性が問題とされている財務会計上の行為は本件支出負担行為
 等(本件工事請負契約の締結及びこれた基づく支出命令)であるから,同
 条に基づき損害賠償の対象となりうるためには,本件支出負担行為等が財

 務会計法規上の義務に違反したものであることを要する。

  もっとも,財務会計行為それ自体が直接会計法規に違反するところがな

 いとしても,その原因ないし目的となった行為の違法の内容,効果,程度

 及び財務会計行為との関連性等に照らし,当該行為によって当該普通地方

 公共団体に財産的な損失を与えることが予算の適正執行という見地からみ

 て法的に許容されないと評価しうる場合には,当該職員は,当該普通地方

 公共団体に対する関係で,そのような財務会計上の行為をして普通地方公

 共団体に損失を与えてはならないという財務会計法規上の義務を負担し,

 当該行為を行うことが財務会計法規上の義務に違反して違法となるものと

 解される。

(3)これを本件についてみるに,本件支出負担行為等としての本件工事請負

 契約の締結及びこれに基づく支出命令それ自体は,手続的にも内容的にも,

 会計法規及びその他の諸法令に直接違反したというような事情は見あたら

 ない。他方,本件支出負担行為等の原因ないし目的となった本件林道開設

 工事は,上記のとおり,県知事による作業許可等を得ないまま施工された
ー65−


ものであって森林法に違反する違法な工事であるが,このことは本件工事

請負契約の私法上の効力に影響を及ぼすものとは解されないから,本件支

出負担行為(本件工事請負契約の締結)自体が当然に違法,無効となるも

のではない。
                                    
 しかしながら,本件支出負担行為(本件工事請負契約の締結)は,森林

法に規定する県知事の作業許可等を得ていないという点で同法に違反する

遵法な工事を行うことを直接の目的とする行為であるから,これと森林法

違反の工事の施工とが単なる動機・目的の関係に過ぎないということはで

きず,本件支出負担行為は,違法な非財務会計行為と直接的かつ密接な関
連性を有する行為というべきである。また,本件林道開設工事が原則とし
て県知事による作業許可等の対象となりうるものであることは先に認定判
断したとおりであるけれども,工事区域の一部である保安林には指定施業

要件として「禁伐」とされている区域が存在し,実務上の運用指針におい

ても,このような場合には作業許可を与えるか否かにつき慎重な検討を要

するとされていることなどからすれば,本件林道開設工事を実施する主体

とこれについて作業許可等を行うべき主体とがいずれも県知事である控訴
人大田であったことを考慮しても,作業許可等を与えるか否かについて森
林法の制度趣旨や上記運用指針等に照らして検討した結果,本件林道開設
工事の内容自体を再検討したり,何らかの条件を付する必要があるという

判断に至った可能性も否定できない。したがって,本件林道工事を行うに
際し作業許可等を求める手続が履践されてさえいれば当然に作業許可等が
得られていたはずであるとは必ずしも言い難いから,作業許可等を得るこ
となく本件林道開設工事を実施したことが一般行政法上の単なる手続的な
瑕疵にとどまるものということもできない。
 これらのことからすれば,本件支出負担行為等は,森林法に規定する作
業許可等をとることなく同法に違反して本件林道開設工事を行うことを直
ー66・


 接の原因ないし目的として債務を負担し,公金を支出する行為であるから,

 当該職員としては,県に対する関係で,本件支出負担行為等を行ってはな

 らないという財務会計法規上の義務を負っていたものと解すべきである。

 なお,本件支出負担行為等が専決により処理されたものであるとしても,

 本件支出負担行為等及び森林法上の作業許可等の申請・許可を行うべき法

 令上の権限主体はいずれも県知事であるから,本件支出負担行為等が専決

 により処理されたか否かは県知事の責任の有無を判断するに当たって考慮

 されるべき事柄であって,本件支出負担行為等が財務会計上違法であるか

 否かについての判断に影響を及ぼすものではない。

(4)したがって,本件林道開設工事を行うことを目的として本件支出負担行

 為等(本件工事請負契約の締結及びこれに基づく支出命令)を行うことは,
 財務会計法規上の義務に違反する違法な行為であるというべきである。

5 争点4(控訴人大田の責任)について被控訴人らの主張が認められたとし

 ても,争点5(損害の有無及び額)について被控訴人らの主張が認められな
 ければ,結局被控訴人らの請求はいずれも理由がないことに帰するので,ま
 ず,争点5について判断する。
 本件支出負担行為等が財務会計上違法と評価されるものであっても,本件
 工事請負契約自体は私法上有効であること,県としては同契約に基づき支出
 額に相当する価額の工事結果を受領した上(請負代金額が工事の内容に比し

 て不相当に過大であるというような事情は何ら見当たらない。),現に本件林
  道を所期の目的に即して使用していることからすれば,本件支出負担行為等
 によって県に工事費用等相当額の損害が発生したと認めることはできない。
 また,森林法の規定によっても,同法34条1項,2項に違反して立木の伐
 採等を行った場合の効果として,当然に原状回復義務が発生するものではな
 いし,本件において,同条項に違反することを理由として実際に原状回復を
  命じられたとか,命じられることが確実であるというような事実を認めるに
−67−


 足りる証拠はないし,それ以外に本件支出負担行為等の結果として県に何ら
  かの損害が発生したことを認めるに足りる証拠もないから,本件支出負担行

 為等によって県に損事が発生したと諷めることはできない。したがって,被

  控訴人らの本訴請求(差止請求並びに平成7年5月2日から平成7年8月1

  4日までに支出された合計4210万6400円に関する損害賠償代位請求

 及びその不行使の違法確認を求める部分を除く。)は,その余の点につき判断

  するまでもなく,いずれも理由がない。

第7 結論

    以上の次第で,被控訴人らの本件訴えのうち,差止請求並びに平成7年

  5月2日から平成7年8月14日までに支出された合計4210万6400

  円に関する損害賠償代位請求及びその不行使の違法確認の訴えは,不適法で

  あるからこれをいずれも却下すべきであり,その余の請求は理由がないから

  これをいずれも棄却すべきところ,当裁判所の上記判断と一部結論を異にす

  る原判決はその限度で不当であるから,その限度でこれを取り消した上,上
  記取消部分につき被控訴人らの請求をいずれも棄却することとして,主文の

  とおり判決する。

    福岡高等裁判所那覇支部民事部
裁判長裁判官  窪 田 正 彦
裁判官  永 井 秀 明
裁判官  増 森 珠 美
−68−


これは正本である。
平成16年10月14日

  福岡高等裁判所那覇支部民事部

     裁判所書記官 新 田 浩

 
 



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