伊部岳(カシマタ山・通称「ウフシキ」)
*注意個人(備忘録です)のバックアップ用です。他人使用禁*伊部岳闘争を沖縄タイムス琉球新報にみる(1970年12月より1971年1月)

1970年12月24日(木曜日)沖縄タイムス
米側に演習中止申し入れ”政府”(琉球行政府)
農林局の野島農林部長、山川国頭村長、らは23日午後2時30分から、 米民政府で米海兵隊訓練担当のラケット中佐と会い、国頭村伊部岳での実弾演習に 反対する行政府の態度を示し演習中止の申し入れをした。
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実弾射撃演習に使用することによって、住民生活がおびやかされる。
A
行政府は72年度、普久川にダム建設計画をしており、演習によって、水資源確保 が出来なくなる。
B
唯一の天然、自然林には300種類の植物があり、スイスの自然天然保護連盟からも その保護依頼をうけている
C
鳥獣の保護地区に設定され、珍鳥のノグチゲラの保護地がある
D
林道開設で地域産業の振興がおかされる

一方、屋良主席も23日「行政府としては絶対に反対する」と語っり、近く米民政府 を通じてランパート高等弁務官に反対を申し入れることにしている。
同演習計画については、文化財保護委員会も天然記念物に指定されているノグチゲラ など野鳥保護の立場から反対しており、各民主団体も実力阻止を表明している。

原水協(桃原用行副理事長)反対闘争の展開へ
26日、27日、28日の3日間にわたり国頭村民といっしょに現地調査をし、その後 に行政府や立法院へ阻止を訴えると同時に強力な反対闘争をする。

1970年12月25日 金曜(沖縄タイムス)
生物学会 射撃演習場に反対
沖縄生物学会(池原貞雄会長・330人)は、生物学徒の立場から沖縄の自然保護を強く 訴え、国頭村で米軍による実弾射撃が実施されると沖縄の自然、自生している植物、 ノグチゲラなどの野鳥が削減することは明らかであると強調し、この事は恩納岳周辺 の演習結果でも明らかである。国頭村における実弾演習に強く反対を表明した。

教職員会の現地調査
山城副調査部長の報告は、一歩間違えば人命を失う重代な問題実力行使をもってでも阻止 闘争をくむ動きをみせている。 そのほか、鳥獣保護の立場から実弾演習を阻止しなければならないとしている。

1970年12月26日土曜(沖縄タイムス)
教職員会も撤回闘争組む
教職員会(平敷静男会長代行)は近くに楚洲小中学校がなどがあるため、地域の反対 闘争と一緒になって撤回の戦いを行う方針である。
同会はさらに沖縄の自然林、自然保護を重点において、文化財保護委員会、沖縄生物学会 の立場を支持し米軍の同村での実射演習をやめさせる撤回闘争を組んでいく。

村あげて阻止行動
村議会が反対決議・ 生命と自然を守れ・近く村民大会

原水協現地調査
原水協(桃原用行副理事長)は、26日から3日間現地調査を行う。
調査は、原水協から4人復帰教2人官公労野林支部4人、北部営林署から2人の合計 13人。

1970年12月27日日曜(沖縄タイムス)
国頭村 射撃場撤去を決議 ・ 生活と自然を守る対策本部も設置
国頭村では、26日午後1時から緊急臨時議会を開いて「実弾射撃演習場の撤去 要求決議を」全会一致で採択。高等弁務官、民生官、行政主席、立法院議長、 駐日大使、総理大臣、衆参両院議長、山中総務長官あて決議文を送付する。 決議要旨、実弾射撃場として設置し使用することは住民の生命財産が危険に さらされ、大自然の森林地域が破壊され、水資源及び貴重な保護鳥類、動植物 のも致命的な打撃をあたえるので地元村民は村をあげて絶対反対である。

島ぐるみで阻止 ・ 立法院
野島野林部長発言
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恩納村、金武村の例でも分かるように誤爆等によって住民生活が脅かされる
A
普久川ダム建設に支障をきたすなど水資源の確保の上から将来に問題がある
B
同地域に群生する植物は約300余種で、スイスに事務所をもつ自然天然 資源保存国際連盟からも保護を勧告されている
C
鳥獣保護区として308fがしていされ、世界的珍鳥ノグチゲラの生息地で あること

源文化財保護委員長発言
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同地域は重要な天然記念物として指定しているノグチゲラ及びアカヒゲの 生息地として文化財指定地域である
A
同地域は沖縄の自然林を原始のままに保存している地域であるなどを 理由に「伊部岳地域だけでなく、国頭の山々は沖縄の文化財を保存し、 保護する上からきわめて貴重な地域でるのであらゆる破壊からここを 守らねばならない」


水道協会も反対決議を手渡す
沖縄水道協会の平良良松会長(那覇市長)は、28日午後立法院で伊芸副議長 に会い、国頭村の実弾射撃場設置に対する反対決議書を手渡し「院による強力な 対米折衝」を要請した。
調査団驚きと怒り
桃原用行団長の話:自然や生命財産を守るために座り込み闘争をしてでも 阻止する
演習場建設に抗議 ・ 鳥類保護協が弁務官へ
沖縄鳥類保護協会(上地一史会長)は26日高等弁務官あて、国頭村の実弾 射撃建設に対する抗議文を送付した。
抗議文要旨 伊部一帯は琉球政府指定の鳥獣保護区であるほか、文保委の天然 記念物指定・ノグチゲラとホントウアカヒゲが生息している。とくにノグチゲラ は世界に一属一種で”生きた化石”と称せられる珍鳥。鳥類は生息環境が限られて いるので環境の破壊は絶滅につながる。実弾演習場が建設されると環境が破壊され るので絶対許せない。ただちに取りやめるよう強く抗議する。

1970年12月28日月曜(沖縄タイムス)
貴重な天然林守れ
国頭村安田区 演習場阻止協を結成
「沖縄本島の最後の天然林と人命をおかさせるな」安田区は26日夜区常会を 開き国頭村実弾演習阻止安田協議会を全会一致で決議した。 区民たちは「山をこわすな」「木はなくなり水源地も枯れる」「長い年月かけて 育てた森林だ。鳥類保護はどうする」原水協、復帰協、官公労の現地調査団との 懇談会でも「座りこみも辞さない構えでたたかう。地元を孤立させないようぜひ 県民全体が立ち上がって下さい」など活発な意見交換がかわされた。
原水協、復帰協、官公労による現地調査団は27日午前9時から2班に分かれ 着弾地点の森林で座り込み場所を選定するなど、具体的な行動準備を始めた。

1970年12月29日火曜(沖縄タイムス)
国頭村の山川村長らは、28日同村を訪れた立法院軍関係特別委一行にたいし 「実弾射撃演習はどんなことがあっても阻止してほしいと」訴えた。
同村の実弾演習阻止の取り組みに対し、稲嶺一郎参議院から「実弾演習場の件は 28日党の沖特委でも取り上げており、解決のため全力をつくす」安里衆議院 から「米軍の行動は許せない。国会にもすでに問題を提起しており、皆さんと ともに最後までたたかう」平良那覇市長からも「ともにたたかっていこう」の 電文が送られ、地元を勇気づけている。

文保委も反対決議
今度問題になっている伊部岳地域だけでなく、国頭の山々は、沖縄の文化財を保存し 保護する上から大変貴重な地域である。自然界の平均を破ることは、その地域の 動物、成育する植物の固有のものを全滅に導く山林の様生相が破壊され、これが 再び回復するには一千年以上を必要とする。
1970年12月30水曜(沖縄タイムス)
マリンの実弾射撃演習が年内にも国頭山中でおこなわれるとの情報に、各党は 「全県民をあげての反対を無視し、話し合う余裕さえ与えない米軍のやり方は 許せない。体を張って阻止する以外にない」と強く反発
盛島自民党県連広報委員長
県民あげての反対の意思表明をおこなっているのに 、米軍といえども民意を尊重すべきだ。
知花社大党政審会長
31日に発射とは県民に反対の余裕を与えないやり方だ。 一発も撃たせてはならない。一発を撃たせることは恒久的な射撃場へつながる。 早急に島ぐるみの阻止体制を作りたい。
瀬長人民党委員長
この問題は党派を越え、村をあげ、全県民が反対しており 県民一人一人が体を張って阻止する以外ない。緊急阻止行動をとるが、 県ぐるみの阻止体制から全国民の問題に転化させなければならない。
新垣社会党県本書記長
絶対許せない。当面緊急を要するのは31日の発射を どう阻止するかであり、民主団体にも呼びかけ、現地の人々と協力して体を 張ってでも阻止する。

1970年12月31日木曜(沖縄タイムス)
30日午後1時海兵隊広報部のシーム少尉から空砲弾演習の連絡をうけた 国頭村は米軍演習の実力阻止の準備にあわただしく動く。
地理的な問題や取り組み時間に余裕がなかったことで安田、楚洲、安波を 除く14部落から250人、同3部落から全員動員の250人、その他 支援団体を合わせ、計600人が着弾地点と発射地点近くで待機、31日の 阻止行動をとることをきめた。

実弾演習阻止行動の詳報(1971年1月3日沖縄タイムスより抜粋)

1970年1月31日
国頭村の各部落に夜明け前の午前5時から6時にかけてサイレンや鐘が鳴り響く 冷たい小雨まじりの北風が吹きすさむなか、雨ガッパ、長靴で身をかためた婦人や 男達が弁当片手に公民館へ集合。
楚洲では、午前6時から小中学校の生徒達が公民館前広場に集まり27人の中学生が ”僕たちも参加させてほしい”と訴えて参加。
午前8時30分
村民大会始まる
泥んこの山路沿いに村民約600人、復帰協、県労協、社会党等など支援民主団体 約100人の計700人が集結。
そのころ、トランシバーを持った上原一夫議員(辺土名)ら決死隊の一部30人は 樹木がおいしげり、泥んこになった急傾斜の山、谷を越えすでに演習場に到着。 米兵との間でもみあいがつづいた。現場の状況は逐一本部に連絡、小競り合いが 激しくなるにつれ、泥まみれになった村民が続々演習場に向かい祖止団は、午前10時には 約200人にふくれあがり、米兵との対立が激しくなった。祖止団の勢いに米兵徐々に後退。 山川村長、上原議員を演習場内に入れ、話し合い進める。
10時40分
祖止団は、400人になる。そのうちの一人が演習場内に突入。さらに3人が続く。
11時5分頃
祖止団完全に鉄条網を突破。群集は約500人
11時15分
山川村長は、群集に「天願で立法院議員代表とウイルソン司令官が折衝中である。これまで闘争方針 通り村民の生命・財産を奪う演習は許さない。撤去まで1、2年でも命をかけて戦う旨を話している」 と話し会いの結果を報告。砲座目がけ進もうとし米兵と激しく殴り合う。
11時半頃までには4人が米軍に逮捕され、日本学生会議役員の早大生・橋本君(23)が日の丸を 掲げるため木によじ登ったところオノを持った米兵が5人ががりで木を切り倒したため隣木に胸を 挟まれたあと約8メトル下に転落、胸部打撲の重傷を負い米陸軍病院に運ばれのをはじめ10人がケガした。 監視塔を占拠
11時35分
山川村長が司令官からの連絡として「砲座はじめ、演習機類はいっさい撤去する。その後、土地やその他 の処理問題については後日、立法院との交渉を持ちながら、村長はじめ地元に随時報告する」と祖止団に 知らせた。
一方、安田部落を中心とする約70人の精鋭隊は、午前7時半には伊部岳頂上の監視塔を占拠、腰かけ を燃やしのろしをあげた。その後五個所に別れ、白旗やのろしをあげてゲリラ戦術にでが、 わずかにヘリコプターが旋回するだけでトラブルはなかった。



琉球新報より
1970年12月31日(琉球新報)
国頭「阻止」で緊迫
国頭村の実弾演習の開始を31日にひかえ、同村では30日早朝から全村あげて最大動員 による実力阻止行動をとるため同夜から着弾地付近に村民がつめかけ緊迫している。 事態を重視した日本政府は愛知外相が同日マイヤー駐日大使に住民の心情への配慮 要望した。
知念副主席はベネット副民政官に、自民代表はクラーク民政府渉外局長にそれぞれ 演習中止を申し入れたがそれぞれ「演習は空砲である」と説明。
自民党は「こんどの演習は抜打ちでこすいやり方である。轢殺事件無罪判決、 コザ反米騒動の直後で住民感情はまだおさまっておらず、演習は住民感情を刺激する。 事前に話し合いもなく行われることは承知できない。演習には反対である」と抗議
これに対しクラーク渉外局長は「空砲である」と被害がないことを強調したが、 自民側は「空砲であってもノグチゲラなどの生息に被害を与える」と反論した。

米海兵師団のL.W.ウイルソン司令官は30日午後4時から会見に応じ 「演習は当分、空砲で行い、住民の納得をえるまでは実弾による訓練はしない。 演習場内に鳥獣保護地区があることは知らなかった。この面の調査が終わるまで やはり実弾は使わない。」

着弾地にすわり込みへ
現地にできた闘争小屋一帯や着弾地点近くには、30日夕刻から村内外の祖止団が 続々詰め掛ける。

1971年1月3日(琉球新報)
米海兵隊広報部長、本紙記者と単独会見
住民行動は残念
スペック広報部長は「こんどの住民による反対行動は残念だが、ノグチゲラなど 住民が心配しているものへの被害を与えないよう、砲口の角度変更などあらゆる 面から調査中だ」
スペック広報部長
住民の行動は残念だが、計画での着弾地点あたりがノグチゲラの生息地帯といい、 それを守ろうとする気持ちもわかる。村民や立法院議員からも反対の申し入れが あるので、これらに被害を与えないよう計画変更のためあらゆる角度から調査中だ。 調べの結果、住民の示した理由に解決を与えるような回答が出ると思う。 (住民がわが演習反対の理由にあげている諸点、演習地帯の山林に生息するノグチゲラ など鳥獣類や、自然林、水源などに演習が与える影響)

1971年1月6日(琉球新報)
屋良主席発射場を視察
屋良主席は5日午後零時40分すぎ国頭村の実弾発射場を視察「実弾演習は絶対に 阻止したい」と語り、地元の人からさる31日の”突入”の模様や近くに生息する ノグチゲラ、着弾地点の原生林のことなど細かな説明を受けた。
また入れ違いに安里積千代衆議院(社大)も現地を訪れた。

1971年1月15日金曜(琉球新報)
射撃演習は当分中止
米海兵隊司令官発表「現段階で再開すことはない」
現在同射撃場の問題を調査中だが、射撃訓練が地元に害を与えたり自然環境に害を 与えないとの決定がでれば再開したい。

1971年1月22日金曜(琉球新報)
日本野鳥の会が国際世論に訴え
珍鳥「ノグチゲラ」を保護しようという運動が本土の民間団体の手で地道に すすめられている。
この団体は全国に約4000人の会員を持つ日本野鳥の会(中西悟学会長)が 昨年末「米軍は直ちに演習を中止せよ」とランパート高等弁務官あて抗議電報を 打ったのをはじめ、近く再びラ弁務官に「演習を強行すれば、世界の珍鳥が絶滅 の危機にひんする」との抗議文を送る。
ロンドンに本部を置く国際鳥類保護会議(ICBP)も64年に開いたアジア部会 で「ノグチゲラがあぶない」「早急な保護が必要」と決議している。野鳥の会 は沖縄の自然を守るため国際世論に訴えることを決めすでにICBPはじめ、 国際自然保護連合(IUCN)世界野生生物保護基金(WWF)、米国の鳥類 保護団体オージュボン協会などに、演習の完全中止とノグチゲラの保護を訴え るよう文書を発送した。
また渡米中の野鳥の会会員、塚本洋三氏も本部の指示で、オージュボン協会の スタール会長、ペンタゴンのチャフィー海軍長官などに文書を送り自然保護に 協力するよう訴えている。
琉球政府もこの一帯を鳥獣保護区に指定しているが、最近の開発などで激減 したという。おまけにノグチゲラは、爆音のような激しい音に臆病な鳥で、 演習が再開されればひとたまりもないと心配されている。


以上が伊部岳(カシマタヤマ)闘争(1970年12月〜1971年1月の間の地元両紙) の大まかな記事である。
この記事を読む限りにおいては地元の人たちが自分達の生活環境(自然保護も含めて) を守ろうとしていた事がよく分かる。
はたして、現在のヤンバルはどうだろうか?
復帰後の乱開発による環境破壊・自分達の都合だけで自然保護を言うのでなく 未来遺産として残す為にも貴重動植物との共生・保護区を真剣に考えなくては いけないのではないか。

1998年3月



1985年6月11日火曜日(沖縄タイムス)

オキナワ85より

1970年2月、米海兵隊は与那と安田の横断道路近くのカシマタ山を削り、 実弾射撃場を建設、三門の砲座を築いた。国頭村民をはじめ県民が反対運動を 展開、結局演習場は阻止された。住民運動の成果もあるが、ノグチゲラの 果たした役割は大きい。
米海兵隊は鳥獣保護の条約に加盟している国として条約を無視してまで演習の 建設は認められないとの立場をとる民政府を無視し、当時の琉球政府に演習の 通知をしてきた。
その後、山階鳥類研究所や日本野鳥の会がアメリカの保護団体オージュボン協会、 世界鳥類保護会議(ICBP)、ランパート高等弁務官、米海兵隊の長官などに 働きかけ、条約の順守とノグチゲラの生息地の保護を訴えた。当時、米海兵隊が 何でも意のままに行動していたのを考えると、ノグチゲラが村を演習場から 救った”恩人”ではないか。
いま、林業かノグチゲラの生息地の保護かが大きな 問題になっている。私たちは世界で国頭山地にしか生息しないノグチゲラに ついてよく考えてみたいものである。